第5話 秘石

 ランプに照らされたプログラムの文字に驚愕する直人。石に彫られているスペルや記号、演算子に命令文。これがプログラミング言語だと知らなければ、古代文字と錯覚してしまうだろう。茫然としていると、コードの一部が光る。近付いてその部分をランプで照らした。


『magic skill:"heal"』


 『ヒール』。つまり、『治癒』の魔術。その魔術のプログラムコード。魔術効果、対象物の指定、エフェクト、効果音。それら全てが記された石の壁を見て直人は思案する。


 どういうことだ?この石壁は何なんだ?なんでコードが書いてある?


 視線を落とした先のコードをじっと見ていたが、一つ気になるところを見つけた。『magic skill:"enliven"』確かモニカが使えないと言っていた魔術だった。上から順に見ていくと、一つ記述ミスがある。いや、文字化けといった方がいいか。何故、直人がそれをすぐに分かったかというと、3か月間このコードのデバックをしていたからだ。

 そう、あの『ゲーム会社』からの依頼。その内容と目の前のコードが全く一緒だった。


「きゃぁぁぁっっ!」


 後ろで悲鳴と物が落ちる音がした。振り返ると、モニカが青ざめた表情をして立っている。足下には数冊の本が散らばっていた。本棚の片付けをしていた時に机の上に移動しておいたやつだろう。


「ナッナッナっっ……ナオトォっ!なんでここにいるんですか?どうやって中に!」

「ああ、掃除していたら、この部屋が開いていたから……」

「そっ、そんなはずは!この部屋には『施錠ロック』の魔術が掛かっていたはずです!」

「と言われてもな……。この石は何なんだ?」

「これは『秘石ひせき』です!秘石は決して人に見せてはいけないものなんです!」

「秘石…?このプログラムのコードが?」

「ぷっ……ぷろぐらむ?……こーど?」


 モニカは直人の言葉に首を傾げながらも、彼を部屋から追い出そうとする。


「とっ、とにかく出てください!」

「待ってくれ!ここのスペルが間違っているんだ!これって直せないのか?」

「へっ、ナオトはこの秘石の文字が分かるんですか?」

「ああ、だって俺プログラマーだからさ。こういうのを組み上げたり、修正するのが仕事なんだ」


 直人の言葉に口をあんぐり開けて驚くモニカ。直人は衝撃で惚けているモニカの手を引っ張り、秘石の前へ連れていく。


「ここだよ。ここ!この『plant』のスペルが間違ってる。これのせいで魔術をかける対象が定まらなくて使えなかったんじゃないか?」


 直人の言っていることが正しいのかモニカには判断がつかない。だが、嘘を言っているようにも思えなかった。


「なぁ、魔術でここを書き換えられないのか?」

「ええええっっ!だっ、ダメですよ!秘石に魔術をかけるなんて!文字が消えたり壊したりしたら大変なんです!」

「壊すんじゃなくて!文字を直すだけだ!」


 直人は入り口まで行って、モニカが落とした本の間から紙と木炭を手に取った。そして『plant』の文字を書いて再度モニカに懇願する。


「このスペルに書き換えてくれ!そうしたら魔術が使えるようになる!騙されたと思ってやってみてくれ!」


 直人の必死な訴えにモニカは恐る恐る魔術を試す。空中に文字を書き、呪文を唱えて指定の場所の秘石の文字を書き換える。


カーバーめ!」


 『plant』のスペルが刻み込まれた。モニカは秘石を冒涜した罪に怯えて縮こまる。


「あああっっ!お許しください!天罰が下ります!」

「この世界は『天罰』があるのか?それより、早速魔術が使えるかどうか試してみようぜ!」


 平然としている直人に戸惑いながら、秘石室を出る二人。裏手に咲いている鉢植えの花に向けて、モニカが魔術をかける。


活気エンリベンづけ!」


 粒のような光が降り注ぎ、効果音が鳴る。葉も花弁も枯れ気味だった植物は、艶と活力を取り戻し、茎が真っ直ぐ伸びていった。


「おお!上手くいったな!やっぱスペルがバグってただけなんだな!」


 魔術が成功した事を確認し喜ぶ直人。画面の中で修正を確認するのとは違う達成感があった。嬉々とする直人にモニカは振り向いて問いかける。


「あなたは……何者ですか?神様なのですか?」


 自分に崇拝の眼差しを向けるモニカ。直人にとってはシステムを直しただけなのだが、モニカの目には奇跡を起こしたように見えていた。





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