第3話 無職(ノー・ジョブ)

 神託を賜りに教会へ向かいながら、神託についての説明を受ける直人。『神託』は産まれた時に聖職者から告げられる天職。三つの職業ジョブが与えられ、10歳までにその中から一つを選び、その職業ジョブの見習いとなる。どんな職業ジョブがあるのか聞いていると、一つの事に直人は驚く。


「ええっ!王や官吏も『神託』で選ばれるのか?」

「はい、そうですが……」

「じゃ、じゃあ!王様の子供は王子じゃないのか?」

「えっと、『神託』で王様の子供が『王』だったら、王子ですけど、ほとんどの場合は血筋と『職業ジョブ』は関係なかったりします」


 これには驚いた。

 つまり、この世界には『王』と『上流階級』があっても、『王族』と『貴族』はいないのだ。世襲ではなく、完全な能力主義で成り立っている。生まれた時にその者の素質を測り、それに合った『神託』を与えられ、子供の頃からそのために教育を受ける。なんともシステマティックで合理的な社会なんだ。


 この世界の仕組みに感嘆していると教会が見えてきた。十字架はなくベールを被った祈る女性像が中央に置かれている。まあ、異世界だから信仰する神が違うのは当然か。モニカが神父と話をして、直人は神父の前に膝をつく。両膝をついて祈るような体勢をした直人に、神父は眉をしかめたが疑問は口にせず、神託を行う。


「この者にしるべを与え給え。神託オラクルを!」


 神父が詠唱を唱えると、直人の周囲が淡く光る。本来ならその者に与えられる職業ジョブが身体の上に表示されるのだが、直人には何の職業も浮かび上がらなかった。


「神託は下された。そなたに与えられた職業ジョブは…………ない……」

「……えっ?ない?……『ない』って何の仕事ですか?」


 戸惑う直人に神父は憐れんだ目を向ける。


「仕事ではない。そなたは『無職ノー・ジョブ』。特定の職業ジョブには就けない定めだ」


 ん?どういうことだ?職業がない……それってつまり、無職ニートっっ!!!!!?


「ちょっと!待ってください!なんですか、それ!もう一度『神託』をしてください!魔術師とか騎士とか!何かあるでしょう!」


 神父に食って掛かる直人。再度の神託を願い出た。『魔術師』『騎士』『農夫』『漁夫』『猟師』『牧場主』『料理人』『護衛官』『聖職者』『使用人』『領主』……様々な職業ジョブがあるのに、直人の頭上に記されたのは『NOJOB』っ!!!!


 直人は再びの『無職ノー・ジョブ』判定に愕然とした。

 ふっざけんなぁっっ!確かに俺はコミ障でパワハラに耐えかねて会社は辞めたさっ!

 けど、無職じゃねぇっ!

 フリーランスで稼いで自立してたんだぞぉっ!それなのにぃっ!

 直人にとって『フリーランス』というのが彼の社会人としての最後の砦だった。それなのに、期待に胸膨らませた異世界で告げられた神託がまさか、『無職ニート』だとは……。


「おかしいぃっだろう!なんで転移したらステータス下がってんだよ!普通!逆だろう!」


 不平不満が声に出た。憤っている直人に神父もモニカも戸惑っている。





 魔術師の事務所へ戻ってきた直人はショックから立ち直れずに項垂れていた。


「ナオト。そんなに落ち込まないで下さい」

「ニート、俺が、まさかの、ニート……」

「にーと?」


 頭を抱えて落ち込む直人。素性も分からず(そもそも嘘だが)、職業ジョブに就けないのではやることがない。


「あの、無職ノー・ジョブの神託を受けた方はナオトの他にもいらっしゃいますから、大丈夫ですよ」

「……そうなんだ。その人達は、何して生活してんの?」

「えーと、色んな職業の手伝いをしたりとか、人手が足りない場所に行ったりとか……」

「要は、雑用ってこと?はぁ~……」


 何のために自分は異世界転移したのか?そもそもこういうのって誰かが最初に説明してくれないのか?神様的な存在が出てきて、苦しんでる国民を助け欲しいとか、悪を討ち取って欲しいとかを頼んでくると思っていた。


「なぁ、一つ聞きたいんだけど、この世界に『魔王』っていないのか?」


 ふと、ある考えが過った直人。これだけファンタジーがてんこ盛りなのであれば、定番である『魔族』は存在するのだろうか?


「いますよ」

「いんのぉ!魔王!」


 直人はこれだ!と思った。伝説の剣を抜いて勇者となり、魔王を倒して世界を救う!ベタだけど現実は案外ベタかも!再び膨らんだ期待の風船だったが、モニカの一言で弾けとんでしまう。


「ええ、『500年前』まではいましたよ」

「500年前?じゃあ、今はいないのか?」

「はい……」


 大きくため息を吐いて椅子に沈む直人。人生でこんなに感情の浮き沈みが激しかった出来事はない。


「何だよ、勇者になって魔王を倒すのかと思った」

「ああ~、勇者も『今』はいません」

「へー、じゃあこの世界は、完全に平和なんだな」

「そうとも、いえません。魔獣はいますし、…………『飛竜』が、出ることもあります。でも、国の防衛のために騎士の方々はいらっしゃいますから!この国は安全ですよ!」


 モニカの声が少し下がったのが気になったが、これ以上喚いてモニカを困らせたくなかったので、しばらくは彼女の身の回りの世話をして生活することにした。





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