トウキョウ・サイバー・デーモンズ２１２４【Tokyo Cyber Demon's 2124】

２９ 剣客と蛇：Swordsman,VS Snake

　海里（カイリ）が一歩踏み出すと同時に、見えない斬撃。

　見えないが、その正体を感じる。極細の、単分子（モノ）ワイヤー状のデーモンＡＩが朝比奈（アサヒナ）を切り裂こうとするのを斬り捨てた。

　デーモンＡＩというのは、その強度自体は防壁（ＩＣＥ）に依存しているらしい。

「だんだんこの変な感覚にも慣れてきたぜ……一定距離で自動攻撃なンか……カドクラの海里（カイリ）さんよ。あんたのこのデーモンＡＩとやらには、名前はあンのかい？」

　踏み込んで海里（カイリ）に斬りかかりたいが、一度や二度であればともかく、無数に見えない攻撃が飛んで来たら、まだ対処しきれる自信がない。

　攻撃圏内へは入れても一歩が精々。そこからまだ海里（カイリ）まで五メートルはある。

　剣の間合いには遠い。

「デーモンＡＩのデータに記されていたのは【怒りに燃えて蹲（うずくま）る蛇】――ニーズヘッグと言うそうだ」

　そう、海里（カイリ）は答える。

「怒りに燃える……なんだって？」

『ニーズヘッグは北欧神話に出てくる、世界樹の根を齧っているドラゴンよ』

「そりゃまた……主人思いの、学とユーモアのある悪魔さまで……」

　そんな軽口を叩いていると、海里（カイリ）はおもむろに咲耶（サクヤ）に電磁加速（レール）ハンドガンを向けた。

　今度は――キィンッ！　という甲高い電磁加速（レール）ガンの射撃音。躊躇がない。

　デーモンは木の根を齧る蛇だという話だが、主人の方は容赦なく殺しに来ている。

　それを朝比奈（アサヒナ）は【身体強化（フィジカル・アデプト）】で加速し、強引に射線に滑り込んで弾き飛ばした。危うい。

　朝比奈（アサヒナ）など、自動攻撃に任せて置けばいいと言う算段。

「おいおい、タイマンの最中によそ見はいかンぜ……」

「お前は咲耶（サクヤ）を守りたい。私は咲耶（サクヤ）を殺して、デーモンＡＩの種を一気にニュートウキョウにバラ撒きたい。そういう話だろう？」

「いや、そういう話ではあるンだがね……まったく」

　朝比奈（アサヒナ）が咲耶（サクヤ）の楯になる様に立ち、構える。

【此花咲耶（フラワードリフト）】はもうすでに朝比奈（アサヒナ）の身の丈を優に超えて、その山羊の頭と女性の身体のような本体は、巨大な幹のようになっていた。

　両腕の当りから伸びた枝葉は、途中から無数に分岐して、所どころ【冬寂雪花（ウィンターミュート）】を咲かせながら蔦のように、あちこちへと伸びてその先は見えない。

　その下で咲耶（サクヤ）は、縮退粒子演算器（マクスウェル・エンジン）に接続し、もたれ掛る様に伏している。

　しかし、海里（カイリ）はあと数歩進み、自身のデーモンＡＩの射程内に入れれば、朝比奈（アサヒナ）を切り刻むことも出来るのに、それをしなかった。

「なんでだ……？　それ以上進むと陣笠の旦那も【怒りに燃えて蹲る蛇（ニーズヘッグ）】の攻撃圏内に入ってしまうからか？」

　よくよく見れば、海里（カイリ）の周囲半径六メートルほどの範囲だけ、ぽっかりと浸食されていない空間になっている。

　見れば、マキシは【怒りに燃えて蹲る蛇（ニーズヘッグ）】の攻撃圏内に転がっていた。

　最初からそのつもりでそこに寝かせたのだろう。気絶していると思しき部下の男も、その影響範囲内だった。

　蛇のデーモンの発動条件は恐らく、有効範囲内での海里（カイリ）への攻撃行動。

　攻撃の意思のようなものに反応するらしく、剣を構えて踏み込めば、それだけで見えない斬撃が飛んでくる。

『マキシちゃんの拘束具、解除できるわよ――』

「すまン、ちょっと待ってくれ弁天（ベンテン）姐さん」

　どうするか。起こせばマキシは、躊躇なく海里（カイリ）を攻撃しそうだが、やってほしいことは別にあった。

　朝比奈（アサヒナ）は段取りを頭に描く。

　向こうの目的がこちらの殲滅ではなく、咲耶（サクヤ）を殺し【此花咲耶（コノハナサクヤ）】を暴走させることであるなら、こちらの目的は咲耶（サクヤ）を救出し、ここから逃亡することだ。

「陣笠の旦那を起こす方は？」

『難しいわね……昏睡誘導系のＡＩアプリは除去できたけど、このデーモンＡＩをどうにかしないことには、咲耶（サクヤ）くんの意識まで辿り着けない』

「そいつを、マキシの嬢ちゃんに頼めンか？」

『伝えることは出来るけど……』

「拘束具を解除する前に伝えてやってくれ、あの位置で海里（カイリ）を攻撃しようとすると、おそらく【怒りに燃えて蹲る蛇（ニーズヘッグ）】ってのに斬られる」

『分かったわ』

　話が終わるのを待っていたかのように、海里（カイリ）が一歩前に進み、蛇のデーモンの自動的な単分子ワイヤーの攻撃が、朝比奈（アサヒナ）を襲う。

　それを斬り払った瞬間、今度は朝比奈（アサヒナ）を狙って、電磁加速（レール）ハンドガンを発射。

　返す刀で、極超音速の弾丸を弾き飛ばした。

　衝撃で、ビリビリと空気が震えている。

「話はついたかしら？」

　下がろうとする朝比奈を追って、更に一歩踏み込む海里（カイリ）。

　朝比奈（アサヒナ）を絶え間なく、海里（カイリ）の蛇のデーモンの自動斬撃が襲う。

　背後には【此花咲耶（フラワードリフト）】、前は【怒りに燃えて蹲る蛇（ニーズヘッグ）】の攻撃範囲。

　かといって身を躱すわけにもいかない。

　海里（カイリ）は斬撃を斬り払う様子を観察し、姿勢が崩れた隙を突いて、こんどは咲耶（サクヤ）を狙って射撃。

　その弾丸を再び、朝比奈（アサヒナ）は野球の悪球打ちのように弾き飛ばした。

　しかし息つく暇もなく、すぐに【怒りに燃えて蹲る蛇（ニーズヘッグ）】の自動斬撃が朝比奈（アサヒナ）を襲う。

「なかなかしぶといわね、朝比奈（アサヒナ）さん？」

「死なねえンが取柄（とりえ）でな」

　自動斬撃はやはり、朝比奈（アサヒナ）のバイオリズム――あるいは殺気のようなものを検知して攻撃しているようだった。

　踏み込もうと気を張れば、機先を制するような早いタイミングで襲ってくるが、受けに回ると今度は後の先のような一定のリズムでの攻撃に代わる。

　正体が分かったところで、これを突破することは出来ないが、今の朝比奈（アサヒナ）の仕事はここで海里（カイリ）を引き付けることだ。

　正確には蛇のデーモンと違い、唯一、海里（カイリ）の意思で狙うことの出来る電磁加速（レール）ハンドガンの銃口。

　それがこっちを向いていれば良い。

　海里（カイリ）の背後でゆっくりと立ち上がるマキシ。

　それを視界の端で見ながら、朝比奈は更に踏み込んで、蛇のデーモンの単分子（モノ）ワイヤーを斬り払った。

　ゆっくりと巨大なヘラジカのデーモン【金鹿竜（ハイレイス）】が組み上がっていく。

　デーモンＡＩが組み上がる瞬きの時間でいい。

　海里（カイリ）の【怒りに燃えて蹲る蛇（ニーズヘッグ）】は反応していない。

　だが――

「マキシの拘束を解いたのか」

　後一瞬、角が組み上がれば、例の光線砲（アーク・イラディエイター）が発射される、その直前で海里（カイリ）は気がついた。

　その銃口をマキシに向けようとするのを見て、朝比奈は単分子（モノ）ワイヤーの攻撃を斬り払いながら、一気に海里（カイリ）の懐まで踏み込む。

「嬢ちゃんはやらせンよ」

　海里（カイリ）のデーモンの領域のほぼ中心。朝比奈（アサヒナ）に逃げ場はない。

「正気か、貴様」

「度胸試しだ――俺のデーモンＡＩとやら、聞こえてンなら粋がって見せなッ！」

　チキチキと音が鳴って、朝比奈と長光剣（ナガ・ドス）を繋ぐ、鎖のようなデーモンが伸びて増えた。朝比奈（アサヒナ）の右腕が、鎖のデーモンに覆われ、生身の腕には不可能な速さで稼働する。

　朝比奈（アサヒナ）を包囲する、無数の、空を裂く蛇のデーモンの単分子（モノ）ワイヤーを、分裂したかのように空を切り裂く鎖のデーモンの白刃が、そのすべてを斬り払った。

「く――ッ！　やるじゃないか朝比奈（アサヒナ）薫（カオル）！」

　その度胸試しに、海里（カイリ）は敗北した。

　これまで王のようにそこへ立っていた海里（カイリ）が、思わず後ろへ飛び、電磁加速（レール）ハンドガンの銃口を朝比奈（アサヒナ）に向けて立て続けに引き金を引く。

　鞭のようにしなる朝比奈（アサヒナ）の右腕と白刃は、その極超音速の銃弾も弾くでなく、すべて真っ二つに斬り捨てた。

　朝比奈（アサヒナ）は海里（カイリ）を、戦士の領域に引きずり下ろしたのだ。

「嬢ちゃん今だ、やっちめぇッ！」