25 神耶ケイ:Answerer
「……僕たちがデーモンだと?」
熱と黄金と氷の蜘蛛が、体中、その足元にも蠢いて這い廻っている。
「貴様のその
「――自分に脳が入っているか確認するために、切開したのだろう?」
「お前……」
「デーモンが成長して自意識に目覚めると、関連付けられた人物の記憶や人格をトレースして人として振舞う。だがそれはスワンプマンとしては不完全で、記憶と人格を借用して、人の真似事をしている
饒舌に、
「だから存在を証明したがるという所見はスピンドルの報告書で読んだよ……自己矛盾からくる分裂症を抱えているようだな? それがお前のデーモンAIの姿にも表れているように思えるが?」
「お前はもう――」
「貴様は失敗作だよ、スリーパーズ。
「――ここで死ぃねぇぇぇッ!」
無数の蜘蛛と共に、手足に刃を生やした
だが――
――ギィィィィィィィィンッ!
また、あの音だ。
蜘蛛は赤い血のような粒子を散らして消え、鉄の肉体はボトボトと、やはり血の一滴も流さずに、そこらに転がった。
「かー、どー、くー、らー、かー、いー、りー……」
転がった生首が、怪談のように
「その姿になっても死なんのだ。甘えた幻覚を捨てて、自らをデーモンだと自覚しろ」
そう言って
その隙に一匹の小さな黄金の蜘蛛が、倒れたマキシの傍らを通って逃げたのが見えた。
木々を浸食し、凍結させる黄金の枝葉、その節々に咲き誇る雪花。
それは今も広がり続けていた。
幻想的と見るか、現実を浸食する異形と見るか、意見が分かれそうだと身動きの取れぬマキシは思う。
マキシからすれば、それは
せめて、首の拘束具をどうにかできればと焦るが、暴走防止用のM4
「【
雪の花が咲き誇り、氷雪の舞い散る中を、
視線の先には、
その中にはヴァージョン・アップ紛争を世界大戦に発展させることなく鎮めた世界最高の頭脳、
その傍らに倒れ伏した
*
八年前――
「
長期休暇の内の数日は、いつもケイと旅行に出ていた。
街を練り歩いてショッピングを楽しんだ後、スィートのテラスで読書に耽っていると、ケイがフロートアイスの乗ったカクテルを持ってきて隣に座った。
「ありがとう」
本を閉じ、カクテルを受け取る。
「新しいAIの開発、どうにかモノになりそうよ」
「自意識を持ったAI……だったか。どうして、そんな反乱を起こしそうなAIを?」
「なにかの制御システムに組み込むのには、向いていないでしょうね」
「スレイプニルの最終目標は外宇宙探査だろう? どうして、完全な自立型AIの研究なんだ?」
フロートアイスを崩して溶かしながら
「
「次世代型AIのための基礎研究?」
「そんなところね。出資者さまには、儲からない話だろうけども」
「それは今に始まったことではないわよ」
「それに、外宇宙探査とそう無関係というわけでもないの」
「というと?」
「例えば、AIとして自分のパーソナリティや記憶痕跡を完全にコピーしてAIを作り、
「そして、その機械の身体を得たクローンが時を超えて、銀河旅行に? ロマンチックなようでいて、面倒な哲学の問題を二つ、三つ、踏み倒しているわね、それは」
「そうなのよね」
今度はアハハと、ケイが笑った。
*
翌年、梅雨。
憂鬱な雨が降り続く日の午後に、その回線は鳴った。
「
「落ち着いて聞いてくれ……」
特にスピンドルに引き籠ってからは老成した振る舞いを見せていたが、今は最初に出会った頃の――ヴァージョン・アップ紛争に巻き込まれた頃の、
「何があった?」
「ケイが……殺された」
聞かされた
嘘ではないだろう。そうでなければこの十年来使わなかったプライベート用の秘匿回線になどアクセスしてくる性格ではない。
勿論、
それだけに、その事実を受け取ることが、
頭の中を整理し、感情を押し殺し、ようやく言葉を絞り出す。
「……犯人の目星は? スピンドルの中なら、不審な人物が入り込んでいれば洗いだせるはずだ」
「いや……それが……」
「らしくないぞ。ハッキリしろ、
この時点で、
今回もまた
この落とし前は、必ず――
しかし、
「ケイは研究所の機密区域で殺されていた。デーモンAIのサンプルも盗まれていた。だが……
「わざわざ……外部の犯行に見せかけた?」
「つまり犯人は内部の人間……しかも研究所内ということなら、カドクラの人間だ」
身内の犯行。
その事実に、
祖父・
「研究の妨害が目的……?」
「或いは……デーモンAIを手に入れることが目的か……」
「首謀者の目的がデーモンAIの研究成果だったとして、君たちはどうする? この状況だと、スピンドルに留まるのも危険だろう」
「その事なんだが……
「なんだ?」
「このホットラインを残しておいてくれないか、
「いいだろう……こちらも最後に一つ聞いておきたい。
それは根本的な疑問だった。
暗殺事件があった後に、無条件で信頼されているのは、どうにも解せなかった。
「私がケイ殺害の首謀者である可能性は考えなかったのか?」
「それについては、俺の勘だな」
聞くと、
「勘だと?」
「いや俺の勘……ではないかもな。ヴァージョン・アップ紛争以後、ケイはこっちに帰ってきてはいたが、貴女と懇意にしていたのは知っている。いくら何でもカドクラ全部を疑ってかかるわけにはいかない……だから、ケイの人を見る目に賭けた」
「知っていたのか」
「一応は」
「そうか……」
「
ケイの死で、もっとも悲しんでいるのは、夫である
だが、もっとも怒りに駆られたのは、
「……カドクラを、少し整理する必要はあるだろうな」
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