5 陣笠:Soldier's Hat
化石燃料の使用による地球温暖化が叫ばれはじめて、かれこれ一世紀。
電力網の大半が粒子センサ・ネットワークのスマート・グリッドに置き換わってから四半世紀以上経つけれど、いまだ
流星を見た翌日、
天を仰げば、空が三割で、ビルが七割だ。
そんなビルの合間を縫って雪がはらはらと降る中を、
ニュートウキョウで変わった格好の人間は、さして珍しくない。
陣笠にゆったりした外套姿は、
笠の表面は
密閉型ではないので完全な遮断は出来ないが、通常の
さらに大きな陣笠の内側は、ちょっとしたパーソナル・スペースのようになっていて、センサ・ネットのアングラの怪しげなニュース速報サロンや、株式情報、一般向けのサブスクリプション・チャンネル等が雑多に映し出されていた。
元々は軍用ユーザー・インターフェースの試作品なのだが、
「このクソ寒い中、なんでまた……デジタル・ミーティングで済む話を……」
外套内の温度や湿度を管理するAIアプリなどは、センサ・ネット・アプリケーションの基本的な機能の一つだけれど、そもそも外気が冷たい事には変わりないし、そんな日に外に出たくないことには変わりはない。
だいたい、非合法の
しかし、わざわざ会社に呼び出すほどとなると、昨晩のことが思い出される。
この手の予感には従った方が良い。
それでひとまず、社外の
「ハイカラさん」
勝手知ったる
「どうしたの
浅黒い肌をして、ビーズの飾りを付けた灰色の長い髪をタオル地のヘアバンドで止め、鈍色の瞳に眼鏡を掛けた女が通信ウィンドウに映る。
彼女はグレイカーラ、通称ハイカラ。
「わからん。急に本社に呼び出されたんよ」
「あらあら大変。仕事でヘマしたんじゃないの?」
カラカラと笑われるが、
「覚えがない……それで、用心のためにバックアップがほしい」
「
「会社にはバレてると思うけどね。それに、こういう時のために溜めておいた
「いつまでに?」
「
「ずいぶんと急ぐわね……昨日の流星絡みかしら?」
そらきた。と
「ノーコメント。難儀な
「スピンドルから来た
「茶化すなよ。
軽口を叩きながら、
灰色の瞳が薄く、青に発光し、その視線が忙しなく動いているところを見ると、リストを当たってくれているようだ。
何年も
その為、よほどの
だからだろうか、
「んー……情報不足で判断保留が四つ、今晩飲みに行かないか、が一つ。即決はなし。もうすこし具体的な依頼内容なら良いのだけど……とりあえずキープはしておくけど、対応速度は遅れるわよ?」
何も起こらない可能性もあるが、
「悪いが、鬼が出るか蛇が出るか、まだ分らんのよな……それより、最後の飲みの誘いはなんだそれ」
「えーと、ああ、こいつは別に名前教えてもいいか――トバ組の
「アイツ、また
「
「ああ、命あっての物種……ってよく言ってるな。良いんじゃないか? オレもあの意見には賛成だ」
「良かないわよ、あんたが言うならともかく、あいつの
「
ハイカラが感情的に天を仰いで髪をかき乱しているので、
「まったくよ。こっちの信用にも関わるっての」
「オレも気を付けるとするよ。じゃ、頼んどく」
「まあ、期待しないでおいて。請ける人間が現れたら、また連絡する」
「んな悠長な……ガチで鉄火場になったらどうすんだ」
「その時はご愁傷様」
そう言い残してハイカラの通信ウィンドウは閉じた。
「えぐいて……仕事してくれよ
そうボヤきながら、陣笠の陰から空を仰ぐと、天を突く黒いモノリスのようにそびえ立つカドクラ本社ビルが目に入った。
その手前には、古めかしい寺社公園を挟んで、二世紀以上前に建てられた
「まあ、いいか……後はもう、何も起こらんことを祈るばかりだな」
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