揺れる

「ジャーン!ドラマの台本でーす!」


誰もいない店内。ベルの音と共に聞こえた声。嬉しそう笑う雨里さんが、台本を手に立っていた。


「もしかして、この前言ってた?」


「そうです!今回も1番に情報解禁です!でもほら、3・2・1…時効!」


いつかのように、17:00を告げる時計を指さして、イタズラな笑顔を浮かべる雨里さん。


「おめでとうございます。今回はどんな役なんですか?」


「今回はなんと、主人公の元カノ役です!」


女遊びが激しい男性が、ある女性に一目惚れをしたことで一変。そのおかげでガラッと人生が変わっていく、という前向きなお話なのだそう。


「主人公が憎めないタイプの遊び人って感じで、数多いる元カノにも平気でアドバイス求めてくるところが、コメディ要素があって面白いんです!」


雨里さんが見せてくれたドラマの公式ホームページをスクロールしながら、大まかなあらすじを聞く。相関図を見ると、主演の枠には大人気俳優の写真。そしてそこから線を辿っていくと、元カノの1人にしっかり、雨里さんの写真が載っていた。


「すごい、すごいです雨里さん!」


「いやぁ、なんか照れますよねぇ。それにこんな豪華なキャスト陣に並べられると、背筋が伸びます。どんなに小さい役だって、どんなに大きな役だって、その作品を創る大切なピースなわけで。ちゃんとしなきゃって、改めて思います」


「そうやって真っ直ぐなところ、僕は好きですよ」


「え、ありがとう、ございます」


「あ、いや、あーっと、何飲みます?」


「あ、じゃあ、えっとぉ、どうしよっかなぁ…」


雨里さんを見ていたら、なんの突っかかりもなく飛び出した言葉。人としてとか、友達としてとか。いくらでも捉え方はある言葉だけど、僕が雨里さんに放つ「好き」という言葉は、いつだって特別な意味を上乗せしてしまう。誤魔化せない重みがある。慌てて話題を変えた僕と、メニューに目を泳がせる雨里さん。


「クリームソーダ、で、お願いします」


…少し暑そうに手で顔を仰ぐのは、どうして?突然の「好き」という言葉に驚いたから?それとも、そこに乗せられた重さに気付いてしまった?

もしも後者であるならどうか、どうかバレないでくれ。この喫茶店だけは、どんな時でも雨里さんが安らげる場所でありたい。余計なことで困らせて、雨里さんからそんな場所を奪いたくない。

そんなことを思いながら、クリームソーダを作る。炭酸が溢れださないようにたくさんの氷を入れたグラスに、慎重にバニラアイスを浮かべる。決して失敗しないように、ゆっくりと。

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