動揺

僕は今、ミルクティーを淹れている。

ここの喫茶店のこだわりは珈琲だけではない。ドリンクもお食事も、どれもこだわり抜いた自信作だ。

今淹れているミルクティーも、何度も試作を重ねた。紅茶の香りが強すぎても、ミルクの香りが強すぎてもダメだ。何よりも、このお店でしか出せない味を追求した。茶葉もミルクも、時期によって変えている。この時期はどこのお店よりも濃厚なミルクティーをお出しする自信がある。


「お待たせいたしました。ミルクティーです」


「ありがとうございます、高野さん」


そしてその自信作は、茗花さんの座る席へ置かれた。

僕がミルクティーを淹れながらも脳内でずっと話し続けないといけなかったのは、今目の前にいる彼女が原因だ。動揺を隠すため。


茗花さんは、ふらっと、本当にふらっと現れた。

そしていつも通りカウンター席に座り、いつもとは違うミルクティーを頼んだ。「今日は珈琲じゃなくて、ちょっと甘いのが飲みたくて」と言うと、いつも通り通販番組しかやっていないテレビを眺めていた。


その姿を見て、何事もなかったようにすることを決めた。僕が勝手に申し訳なさを感じていただけかもしれないし、本当に忙しかったのかもしれない。そもそも暇だったとしてもここに来る義務なんてない。

ただの喫茶店の店長である僕が、いちいち前のことを掘り返して謝ってきたら、それこそ距離感がおかしいだろう。重大な過失があるならまだしも、今こうして来てくれている以上、きっとそうではない。もう一度同じ過ちを起こさないようにすることが、僕にできる最低限のマナーであり、おもてなしだ。


僕は、なるべく自然な彼女との距離感を探した。

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