maid-02: 解体屋の逸話の出所

 六年ほど前。


 ロゼは小金持ちに取り入り、雑用係としてこき使われていた。掃除を中心に汚れた場所の軽作業をして、検査の後は夜の楽しみに付き合わされる日もできた。ダスクと別行動で正解だった。自分だけなら耐えられても、目の前で辛い目に遭う姿を見たらわからなくなる。


 その半年は今日のために。この後、屋敷の主は異国からの客人を招き入れ、商談と称して献金を受け取る。その金を横からかっぱらってとんずらする。違法な金なので大っぴらな捜索はできまい。それでもそこそこ以上に大きな組織ゆえ、まだリスクは大きい。トップを不意打ちで黙らせても次期がすぐに現れるだろうし、仕留め損ねたらロゼの首が飛ぶ。反面、成功したなら安月給の日々を加味しても十分に残る。ここで命を賭ける価値がある。



「使用人、門まで来たぞ。準備だ」

「はい、旦那様」


 ロゼは顔立ちのおかげで前に出る機会が多い。ここの旦那は客人の羨望の目で悦に入る奴だ。鼻で使う姿を見せるためだけに荷物や小道具を持たせる。その嗜好がロゼのチャンスになる。


 この後、合図が来たら手筈通りの時間を空けてダスクの車が駆けつける。ちょうどの時刻に動けるよう片付けて乗り込み、すぐに金を品物に変える。装備と食料を揃えたらすぐに逃亡生活だ。幸か不幸か追われる機会が多く、規模の大小ともに逃げ慣れてきた。車を乗り捨てる準備も、買い巡るルートも、すでにはっきりわかっている。最後に必要なのは、ロゼがこれから決めるのみ。素直にかしずくのも今日までだ。


「ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ」


 ロゼは拙い英語で客人を招き入れる。事前に聞かされた通り、四人ともが荷物を各自で持つ。けれども内容を見たら、主人もボディガードの男二人も鞄など持っていない。大荷物はメイドが一人で抱えている。こっちと似たような嗜好か。胸中の悪態をつとめて隠し、盗み見ながら応接間へ通した。ボディガードの目線はサングラスで隠れるので、主に見るのはメイドのほうだ。


 気の抜けた目は裸眼なのにどこを見てるんだか、自分が何を見ているかもわかってなさそうな、ぼうっとした顔。こんな奴でも衣類は整っているし、食生活が肌に出ている。見るだけで苦しくなる。その皮膚の質感も、背の高さも、服の上質さも、高機能そうな腕時計も。すべて今のロゼが持たないものだ。


 ギラギラした目でおこぼれを狙う姿は滑稽そのものと自覚している。それでも生きるためだ。選べる範囲ではこれが一番いい。


「ご足労ありがとう」から始まる話の時間だ。情勢やら上っ面の礼儀らしい話の後は、ロゼには馴染みない英語が増えて、たまに混ざる単純な言葉さえも額面通りには読み取れない。ロゼは終始、さも理解している風な顔でどこを見るか決めかねていた。目の前では向こうのメイドの似たような顔がある。なんだ、存外そんなものか。


 外からの爆発音。ダスクが放ったロケット花火による合図だ。全員が多少なりとも窓の先、音のほうへ意識を向ける。音から数え始めてちょうど三十分後に車が来るが、ロゼが動くにはまだ早い。この場は人が多すぎる。もう少し減ったところで、一人ずつになる所を狙う。一分で片付け、二分で持ち去り、三分で逃げる。目の前で開けた箱の中身も今はまだ見ない。涎を見せてはいけない。


 そのつもりでいたら急に、向こうのメイドが動き始めた。


 ロゼの隣にいた旦那の首へ一撃。昏倒した旦那をそのままメイドが担ぎ上げて、窓から外へ運び出した。同時に、向こうのボディガードの片方も、主人を羽交い締めにして同じく運び出す。残る一人が入り口の扉を見張り、ドアノブへ持ち上げる力をかけ続けている。大柄な足音が駆けつけたものの、ドアは開かない。体重を乗せてもドアノブは動かない。脚の踏ん張りが効く効かないの差が出ている。


「何事ですか? これは、一体」


 ロゼの拙い英語はボディガードに伝わらなかった。もしくは、内容が悪いか。答えかねていたら先の二人が戻ってきた。向こうの言葉で何かを短く言う。ロゼは同じ内容を繰り返したら、今度はメイドが答えた。


「They are bad. We doing to order」

(「彼らは悪人。私たちは秩序のために動く」)


 ロゼの習熟度に合わせて単語ごとに大袈裟に区切る。細かな差異が抜けても、雰囲気程度は理解できた。最後の単語は知らないものだが、なけなしの見栄でわかった風に見せる。どうせ、権力者とか親分とかを示す言葉だ。ロゼが動く前なのは幸いだった。相手が損なのではいよいよ勝ち目がない。


「どうしたら、私はこれから」


 ロゼは拙い英語をどうにか選んでいった。収入のあてを失ったらどうしたらいいか、答えがほしい。次の仕事を探すにも時間がかかる。時間がかかれば他の費用も。もし自分たちを見捨てるなら、せめて最後に抵抗ぐらいはするつもりでいる。


 言葉の組み合わせから、身なりや背景も入れて類推し、メイドは名刺とペンを取り出した。裏に英文を書き加えてロゼに渡す。読んでいる間に別の紙を出し、簡素な地図を描いていく。


『家政婦の派遣なら、こちらの番号へ』

『IF YOU READ THIS, CALL ME. Redya LL』

(「これを読めたなら連絡してね。レデイア・ルル」)

『BY ORDER OF ORDER TO ORDER IN SHORT ORDER 』

(標語:秩序の要請の通りに直ちに)


 ロゼが文字を見て首を捻っていると、ポケットに手描きの地図を押し込み、体ごと抱えられて、窓から連れ出された。止まってから聞いた話では、扉の側から武器を持った足音が聞こえていたらしい。ロゼには全く気づかない音をどう聞き分けたのか、質問してもメイドは答えないままで車に向かう。一緒に乗りかかったが、自分には迎えがあるからと伝えて、ロゼは歩いて屋敷を離れた。もしそのまま乗り込んだら、彼らと同じ所へ連れて行かれそうで恐ろしかった。断って済むならいい。


 一人で立ち尽くしていたら、ダスクの車が駆けつけた。


「ロゼ、状況は?」


 ダスクは異変に気づいている。ロゼは何も持たず、焦った様子でもない。扉を引き、乗り込みながら次を伝えた。


「とりあえず前に。その間に地図を読む」

「了解。揺れにくくします」


 安全運転で進みながら、地図にある場所を目指す。目的地の星印の隣に書かれた言葉が支部を示すと知ったのは着いた後だった。建物は外見から立派で、流れ者が入っていいものかと尻込みしてしまう。


 まずはロゼだけで、受付にあのメイドからの名刺を見せる。話が通っていたそうで、すぐに受け入れられた。慌てて自分の他に、車で待つダスクもいると伝えたら、そっちも来ていいと明確に案内された。久しぶりに胸を張れる日になりそうな気がした。


 あのメイドと同じ組織の養成所だ。訓練は厳しいが、衣食住の全てが揃っている。総合的には快適そのものだった。座学と実技を繰り返し、やがて小さい仕事から割り振られるようになった。実績が増えれば大仕事も。


 合間には、あのメイドの名刺にあった言語を学んでいく。幼少期からずっと、助けられた礼を言うのは当たり前と教えられてきた。未来が開けた気がした。最大の贈り物だ。



 時は流れて、本編11話と同時刻。


「と、そんな感じの日だった。これでいい?」

「よくないっす。その話は明らかに、ルルさんの逸話じゃないっすか。うちが聞きたいのはロゼさんが闇組織の解体屋なんて呼ばれるきっかけっすよ。もっとあるはずでしょう」


「そう言われてもな。組織らしい組織は、いや待て。もしあいつの流言なら」

「ルルさんのでまかせだ、と?」


「改めて思い返すと、やけに腰を抜かす奴が何度かいたね。その慌てかたのおかげで助かった日だってある。かなわないな。あいつに、ここでも助けられてたか」


「一人で納得した上、そんな顔まで。まあ、いいっすよ。今の本人はあげませんからね」

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