唯一無二の抑止力

「だぁぁぁぁぁぁぁーっ!!ふぅぅぅぅぅっ!!」


 がらがらがらがらがらがらがらがらからからがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらからからがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらからからがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらからからがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらからからがらがらがらがらがらっ!!


 満面の笑みを浮かべ奇声とも言える様な喜びの声と、大音量で響き渡るがらがらの音。


【勇者】ミウがと化した聖剣をこれでもかと振るい絶叫しているのである。


「だぁぁぁぁぁぁぁーっ!!ふぅぅぅぅぅっ!!」


 がらがらがらがらがらがらがらがらからからがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらからからがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらからからがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらからからがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらがらからからがらがらがらがらがらっ!!


 まさに狂戦士バーサーカー化したかの様に一心不乱にを振り続けるミウ。それを耳を塞ぎながら呆れ顔して見詰めている大人達には、一体、そこまでを鳴らして何が楽しいのか分からない。


 しかし、これでは煩くて大切な話しが出来ない。パパである【剣聖】カイトが、叔母である【賢者】キラが、国王が、ミウお気に入りのメイド達が止めさせようとすると、いかにも今から泣き出すぞと言わんばかりに下唇をぷるんとさせる。そうなると【泣き落とし】のスキルが発動し厄介な事になるのは目に見えている。


 このままやりたい放題やらせていては、【勇者】ミウは我儘娘に育ってしまう。誰もが互いに誰か止めろよと目配せをしあっていた時である。


 がらんっ!!


 これでもかというほどに振られ鳴らされていたがぴたりと止まった。


 否、止められたという方が正しい。


 突然、止められたミウも驚き、を止めた人物の方へと顔を向けた。


 そこにいたのは、にこやかに微笑む【聖母】サナである。本当ににこやかに微笑んでいる。サナはアカデミーでも一番の美少女。背中の中程まで伸ばした少し癖のある栗毛色の艶やかな髪。綺麗に整えられた眉に、大きく少し垂れた瞳。愛らしい桜色の唇。そんな美しい彼女に微笑みかけられて恋に落ちた男達は星の数ほどいる。だが、今の彼女のその微笑みはそんな恋心を抱いてしまう様な笑みではなく、どちらかと言うと、背筋を凍らす様な身の危険を感じてしまう笑みである。


「ふぇっ?!」


 流石の【勇者】ミウも、そんなサナの微笑みに対し、顔を引き攣らせていた。そして、また、下唇をぷるんとだし、ママ譲りの大きな瞳に零れんばかりの涙を浮かべている。


 ───来るぞっ!!


 誰もがそう思った。


「泣かないっ!!」


「ひゃっ?!」


 ママである【聖母】サナの一言が、今にも【泣き落とし】を発動させようとしていた【勇者】ミウを止めたのである。びくりとしたまま固まってしまったミウへ、さらにサナが一歩近づき、ミウの前に屈み、視線を合わせた。


「ねぇ……ミウ?」


「ぴゃっ?!」


 低い声である。相変わらずあの微笑みをその美しい顔に貼り付けた【聖母】サナが【勇者】ミウへと声を掛ける。ぷるぷると震えているミウ。


「もう少し、もう少しだけ、大人しく遊んでくれないかしら?できる?できないなら、ママの道具入れポーチの中に、聖剣がらがらをないないするわよ?」


 ママから取られない様に震えながらを両腕に抱き、大きな瞳に涙を溜めてはいるが、必死に泣くのを堪え、ママである【聖母】サナを見ている【勇者】ミウの頭にサナがぽんっと掌を乗せた。


「お利口さんにできるかなぁ、ミウちゃん?」


 壊れた赤べこ人形の様にかくかくかくと高速で首を縦に振るミウの頭をサナがゆっくりと撫でている。


「流石、【勇者】ミウねぇ♡なら、ママ達のお話しが終わるまで、メイドさん達とお利口さんに遊んでてね」


「ひゃ、ひゃいっ!!」


 サナはミウを抱き上げると、ミウお気に入りのメイド達へと渡した。


 この時、十ヶ月ながらミウは悟った。ママだけは怒らすなと。また、他の大人達も思った。たぶん魅了のスキルである【勇者】の【泣き落とし】が通用しないのは、【肝っ玉母ちゃん】のスキルを持つママ、【聖母】サナだけであり、【勇者】ミウが我儘娘に育たない為の唯一無二の抑止力になるだろうと。そして、そんな【聖母】サナの夫(仮)である【剣聖】カイトに対して、必ず尻に敷かれるだろうと胸を痛めるのだった。

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