第7話 入学式①
颯希と奏音が眞九郎の強さに驚愕することとなった一方的な模擬戦を終え、眞九郎は体育館の隣のある講堂に足を運んでいた。
入学式はもうすぐ始まるらしく、中は新入生で溢れかえっていた。並べられたパイプ椅子には学生番号で座ることになっているらしい。
(・・・眠くなってきた)
かろうじて覚えていた6桁の学生番号を頼りに席を探しながら、眞九郎は目を擦った。
早朝から起こされた上に、模擬戦もしたのだ。疲れるのも自明であろう。
「失礼」
「あ、はい」
自分の席の隣に座っていた女子に一言ことわってから、眞九郎は席に着いた。
「・・・・・」
「・・・・・・」
「あ、あのっ!」
沈黙に耐えきれなくなったのか、その女子は上擦った声で眞九郎に話しかけた。
彼女は規定通りに黒いブレザーと黒いベストを着込んで黒いネクタイをきっちりと結んでおり、気の弱そうな容姿を持っていた。
「はい?」
「えっと、山岡千鶴って言います。これから1年間よろしくお願いします」
「あ、ああ。こちらこそよろしく。藤代眞九郎です」
元来、眞九郎は口数が多い方ではない。そして、沈黙が苦にならないタイプ。
それに対して、千鶴は沈黙が相当に苦手らしかった。
次から次へと色々な話題が飛び出してくる。しばらくは相槌をぼんやりと返すだけだった眞九郎は、しかし、とある話題に眉をひそめざるを得なかった。
「藤代さんは、今年の新入生総代さんのこと知ってますか?」
「いえ。知ってるんですか?」
サラッと嘘をつきながらも眞九郎は、重かった瞼が好奇心で軽くなるのを感じていた
異能者の中で、あの兄妹はどう思われているのかという好奇心で。
「はい! 私あの男の模擬戦闘試験見てましたから。凄かったんですよ! こう、先生をあっという間に倒しちゃったんですから」
「それは凄いですね」
「そうですよね! 私もう興奮しちゃって!」
今も興奮して喋り続ける千鶴に対して眞九郎は、
「そんな凄い人なんですか。ひょっとして四大正家の方ですか?」
しれっと、とぼけ顔を続けていた。
「ん~? それはどうなんでしょうか。兵部なんて苗字は聞いたことありませんし」
「それもそうですね」
「・・・あの」
「はい」
「敬語、使わなくてもいいですよ! クラスメイトじゃないですか!」
(・・・・え、今までの会話でなんか仲良くなれるような要素あった?)
ぽかんとしている眞九郎を置き去りにして、千鶴はニコニコと笑っていた。
「あ〜、じゃあ敬語はなしで」
「はい!」
千鶴は高校入学で緊張しっぱなしだったのだが、眞九郎の無害そうな雰囲気に緊張が解け、テンションが上がっていたのであった。
が、そんなことは知りようもない眞九郎は、
(乙女心は全くわからん)
なんていう月並みな感想を抱いただけであった。
ーーーーーーーーーーーーー
2人してツラツラと話していると、程なくして入学式が始まった。
題目がホログラムという最新技術で投影されていようとも、中身は100年以上前のと何ら変わらない。
校長、来賓、保護者代表、政治家、etc。
しわくちゃの老人たちが口をモゴモゴ言わせながら、一ミリも役に立たないようなことを喋っていく。
当然、そんな状況で眞九郎が睡魔に抗うことなどできる訳もなく。
遠慮なく、ガッツリ寝ていた。
「・・・・・スースー」
「ふ、藤代さん」
千鶴が脇腹を小突いても、規則正しい寝息はまったく乱れない。
そうやって眞九郎が惰眠を貪っている間にも、入学式は進んでいく。
『えー、それじゃあ、ね。えー、頑張ってな、若人諸君』
『ありがとうございました。続きまして、新入生総代挨拶』
「藤代さんっ、総代さんですよ!」
器用に小さな声で喜びを表した千鶴は無意識のうちに、小突いていた眞九郎の脇腹を思いっきり抓っていた。
「っ!?~~~~~~」
幸せな空間から引っ張りだされて、かろうじて声を上げなかったのはほとんど奇跡に近かった。
相当な痛みに、声が咄嗟に出なかったとも言えるが。
「や、山岡さん、ちょっ、痛いんだけどっ」
「え?、ああ、すみません」
どこか上の空状態で答えた千鶴の視線は、壇上の男に釘付けになっていた。つられて眞九郎も壇上に目を向け、息を呑んだ。
そこにいたのは、ひどく冷たい雰囲気を纏った人間だった。
金というよりも銀色に近い髪は男にしては長めで、吹雪を思わせるように揺れている。青い瞳は絵の具をそのまま流し込んだかのように濁っているくせに、氷のような透明感も併せ持っていた。
正しく美少年ではあるのだが、それは悪魔のような邪淫の美貌であった。
息を呑み、冷静な視線を保った眞九郎の傍らでは千鶴が恍惚とした表情で熱い視線を壇上に降り注いでいた。
※次回更新予定 6月19日 22:00
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