第5話 模擬戦


 生徒会長に連れられて、眞九郎は体育館へと足を踏み入れていた。


(でっけー)


「ご使用になっているの武器等はありますか?」


「ええ。あります」


 中央あたりに引かれた白いラインにそって、奏音と眞九郎は向かい合った。傍らでは、颯希が心配そうな表情を浮かべて立っている。


(ただの模擬戦だってのに。あいつの中では、僕は未だに泣き虫なのか?)


 颯希の様子に苦笑しながら、眞九郎はブレザーの内ポケットから厚手の指ぬきグローブを取り出して、手早く装着した。


 慣れないネクタイを取ってボタンを2つほど外し、ブレザーと一緒に隅に置く。


「・・・・・それが、武器ですか?」


 一連の流れを見ていた奏音が、訝しげな目で眞九郎を見つめていた。


「ええ。ちなみに言っておきますけど、これはブレーダーですよ」


「え? 随分と変わった形状のものですね」


 ブレーダー。一種のエネルギーとも言えるオーラを固めて刃状にする、異能者の鉄板武器だ。市販品のほとんどが筒状で、剣のようにして使うことを前提に作られている。


 また、出力を調節して切れ味を落とすことによって鈍器のように使うことも出来る。


「会長さんは?」


「私もブレーダーですよ」


 そう言って腰の辺りから白い筒を抜いた奏音はスイッチを入れ、気を送り込んだ。するとかすかに金属音が鳴り、黄色い刃が形成された。


(南雲家の直系てことは催眠系統の異能である確率が高い。催眠系統は芳香タイプと光学タイプがある。光学タイプだとしたら防げないから厄介だな)


 光学タイプはその名の通り、光情報を介して異能が自身の意識に干渉してくるので、防ぐ手段がほとんどないのだ。


(こんなことになるんだったら、もっとちゃんとした武装を持ってくるんだったよ)


 軽くブレーダーを振って感触を確かめている奏音を見つめながら、眞九郎はそんなことを考えていた。


「・・・・藤代さん。審判をお願いします」


「は、はい!」


 奏音は右足を引き、刺突の構えを取って左手の指を刃に添わせ、腰を落とした。対して、眞九郎は両腕を垂らしたままの直立状態だ。


(ちょ、本当に大丈夫なの・・・・・?)


 心配で胸が張り裂けそうな颯希の思いとは裏腹に、奏音と眞九郎の間に漂う緊張感は増していく。


「勝敗は片方が負けを認めるか、戦闘不能になることで決します。直接攻撃は相手に打撲以上の怪我を与えない程度に抑え、ブレーダーの出力は最低レベルにまで落としてください。両者準備はいいですか?」


「はい」


「ああ」


 颯希はあえて淡々とルールを述べて2人の確認を取ると、片手を上げた。


「では、始めっ!」


 直後、奏音の足が地面を蹴った。と同時に彼女の姿が眞九郎の視界から消える。


(くっそ、光学タイプか!)


 眞九郎は知らないことだが、奏音の異能は『不可視化インビジブル』。発動中、自分の姿が人間には知覚出来なくなるという催眠系統の中でも珍しく、それでいて強力な部類に位置する能力だ。


 開幕速攻の攻撃は、彼女の十八番だった。「戦わざるを得ないのなら、せめて苦しませずに倒す」という思いの乗った一撃は彼女の異能とも合わさってこれまでの学校生活で破られたことはない。


 女性とは思えないほど力強い踏み込みとともに、構えられていた刃が容赦なく眞九郎の顔面に向かって突き出された。


 対して、眞九郎は微動だにしない。ただ、いつの間にか彼の瞳は金色の光を帯びていた。


 これで決まりですねとほくそ笑んだ奏音は、しかし、すぐに驚愕に目を見張ることになった。


 眞九郎は見えるはずのない奏音の刺突を軽く首を傾げるだけで躱し、あまつさえ突っ込んできた奏音に蹴りを放ってみせた。


(なんで!?)


 呆気なく自分の必殺技がかわされたことに驚きながらも、奏音は必死に空いている左手を伸ばして蹴りが当たるであろう箇所を防御した。


 ドグッ!


「かはっ!?」


 しかし、眞九郎の蹴りは奏音の左腕にあたる寸前に軌道を変え、胸骨の真上にめり込んでいた。


 まるで、奏音がどう動くのかが


 打撲以上の怪我を負わせないように手加減された一撃だったが、異能のおかげでまともに攻撃をくらったことの無い奏音は意識が飛びかけて異能が解除されてしまっていた。


 肺から空気を強制的に排出させられ、蹴りの勢いで数歩後ずさった奏音の霞んだ視界では、眞九郎が右手で手刀を作って振りかぶっていた。


 手刀が白く発光し、ブレーダーが作動し始める。


 眞九郎の手のひらではあまりにも細すぎるが故に、糸のようにしなった刃が無数に展開され、束を形成した。


 奏音に向かって手刀が振り下ろされると同時にしなった刃が迫り、いとも簡単に奏音のブレーダーを吹き飛ばしていた。


 さらに、鞭のように返された刃がよろめている奏音の足を払い、転倒させる。


「そ、そこまで!」


 まだ追撃を放とうとする眞九郎に、颯希が慌ててストップをかけた。


「・・・・僕の勝ちですね」


「ええ。流石、悠子様に指名された方ですね。完敗してしまいました」


 手首を捻って刃を消した眞九郎は、特に嬉しくもなさそうに言った。


(あっぶねー! 最初の蹴りで見えるようになってなかったら勝てなかったな。僕の異能だと攻撃してくれないとどうにもならないし)


 余裕の態度を見せている眞九郎だったが、内心は焦りまくっていた。が、そんなことが分かるはずもない奏音の中では眞九郎への警戒心が高まっていたのだった。






 ※次回更新予定 6月5日 土曜日22:00

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