14。最終ページ

 僕はその手をしっかりと握った。


 ミイが僕の手を引いて歩いてくれている。


 まだ涙は止まってくれず、僕は彼女と繋いでいない腕で涙を拭いながら歩く。


「昔もこんな事あったねえ」


「うん」


「背は大きくなったのに、りーくんは変わらないねえ」


「うん」


「大丈夫。私はりーくんをおいてどこかに行ったりしないよ。ずっとりーくんと一緒にいてあげるから」


 ありがとう。ありがとう。


 家の前に着くまで、何も言わずに彼女は僕の手を引いていてくれた。涙でにじむ視界と、それを拭う腕で前は見えなかったけど、彼女が先を歩いてくれているだけで僕は安心して歩けた。


♯♯♯


「明日ね、りーくんに渡したい物があるんだ」


 二人の家の前。彼女曰くデート。毎夜の散歩のゴール。


「何?」


 答えてくれない事は知っている。それでも僕は尋ねる。


「内緒。明日のお楽しみだよ」


「分かったよ」


「じゃあね。りーくん。また明日、必ずだよ」


「ああ、分かってるよ。また明日」


 彼女は楽しそうに大きく手を振り、以前は彼女とその家族が住んでいた家へと入ってゆく。


 僕は手を小さく振り、彼女の姿が玄関の中に入り、見えなくなるまで見送った。


 昼間の間、ミイがこの家の中に居るのか、何をして過ごしているのかは分からない。突き止める気も起きない。


「明日、か」


 明日、彼女が僕に何かを渡すことは無い。明日の彼女は何事も無かったかの様に今日と同じことを繰り返す。


 今日と同じ時間に僕の部屋に窓から入ってきて、僕とデートをし、同じ場所で躓いて、僕に自分が好きかどうかを尋ね、明日の約束をして別れる。


 彼女の時間は止まっていて、彼女の言う明日はきっと永遠に来ないのだろう。


 僕は自分の家へと向き直る。


 玄関には「空き家」という文字と不動産屋の連絡先が書かれた札がかけられていた。


 ――ああ、そうだ。思い出した。僕も同じだ。


 遊歩道での彼女からの毎夜の呪詛の言葉に耐えられなくて、いっそ彼女と同じ世界に行ってしまいたくて。後を追うように、秋にしては寒い空の下、車道に飛び出し自分の時間を止めてしまった僕も同じ。


 明日、僕が彼女から何かを受け取ることは無い。明日の僕は何事も無かったかのように同じ事を繰り返す。


 今日と同じ時間に僕の部屋に窓から入ってくる彼女を出迎え、彼女とデートをし、同じ場所で躓く彼女を支え、彼女に好きかどうかを尋ねられ、明日の約束をして別れる。


 僕の時間も止まっていて、彼女と約束した明日はきっと永遠に来ないのだろう。


 それでも良い。大好きな彼女とずっと一緒に居られるなら、僕は何度でも今日を繰り返す。


 僕達二人の関係が狂っているのは分かっている。それでも、大好きなミイと一緒にいられるなら、それで良い。


「また、明日」


 ポツリと呟いた言葉は、誰に届くことなく空気と混ざって消えた。

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リピートアフターミイ 師走 こなゆき @shiwasu_konayuki

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