昔話 【豆狸の宿】

むかしむかし、街道沿かいどうぞいに大きな宿屋と小さな宿屋が隣りあって建っていました。


大きな宿屋の主人は欲張りで、身分の高い者や金持ちしか泊めません。

店の者達にも年に一度しか休みを与えず、安い賃金でこき使っていました。


(当時は盆と正月に、数日間休みを取らせるのが常識)


一方、小さな宿屋の主人はとても優しい働き者でした。


大きな宿屋の主人は、小さな宿屋の主人に言いました。


「そんな商売じゃもうけなぞできんぞ。

そんなんだから万年繁盛まんねんはんじょうせんのじゃ、ガハハハ。」


すると小さな宿屋の主人は……


「いやいや、誠心誠意真心込せいしんせいいまごころこめて対応すれば、客もワシらも気持ちよく出来るじゃろう?

ワシらはこれが合うとるんじゃ…… 」


と答えました。


ある冬の満月の夜…大きな宿屋にみすぼらしい格好をした、旅のお坊さんがやって来て『一晩泊めて欲しい。』と頼みました。


しかし、大きな宿屋の主人はお坊さんの姿を見て……


「宿代を持っているかも怪しい者など泊められない。」


と言って、お坊さんを追い出してしまいました。


寒空に追い出されたお坊さんが困っていると、小さな宿屋の主人がちょうどお酒を買って戻って来ました。


「おや?お坊様…お寒い中、こんな所でどうされました?」


たずねると、お坊さんは小さな宿屋の主人に『隣りの宿屋には断られたので、一晩泊めて欲しい。』と頼みました。


「もちろん、家は宿屋ですからかまいませんよ。

あゝこんなに冷えてしまって……

良かったら一緒にお酒でも呑んで温まりましょう。」


そう言ってお坊さんを宿屋の中に入れ、一緒にお酒を飲みました。


するとお酒を呑んでいる途中で、酔ったお坊さんのお尻から狸の尻尾が生えてきました。


だんだん酔いが進むに連れて、耳が出てそのうち顔も狸になってしまいました。

それでも、狸のお坊さんは変化がけているのに気づかずに真面目な顔で話をしています。


小さな宿屋の主人は、おかしくて仕方ありません。


『ははぁ~こりゃ豆狸まめだじゃな。まぁ一晩くらい泊めてやっても良かろう。』


あまりにも豆狸まめだ仕草しぐさがおかしいので、気づかないふりをして泊めてやる事にしました。



酔い潰れた豆狸まめだのお坊さんは結局、狸の姿に戻ってしまい、そのまま眠ってしまったのです。


朝になって変化がけている事に気づいた豆狸まめだのお坊さんは、あわてて宿代の代わりに秋の間に採って置いた柿やら栗やらキノコを置いて逃げて行きました。


それからしばらくした満月の晩…大きな宿屋に、今度は立派な姿をした旅のお坊さんが、たくさんの弟子を連れてやって来ました。


「しばらく泊めてくれぬか?」


そう言って大きな宿屋を貸し切りにし、長逗留ながとうりゅう ※1し始めました。


「ここは国一番の酒処と聞く……

是非呑ぜひのんでみたいものじゃのう。

仲間にも振る舞いたいので、大樽で十ばかり頼めるかな?

もちろんお代は後で払う。」


そう言って立派なお坊さんは、毎日次々と仲間だというお坊さんを呼んでドンチャンドンチャンお酒を呑んで大騒ぎ。


最初は喜んでいた大きな宿屋の主人でしたが、十日経ち二十日経ってもお坊さんと弟子達は旅立たず、一向に宿代もお酒代も払ってくれません。


一方その頃、小さな宿屋は他のお客さんが皆んな泊まって行くので大繁盛だいはんじょう


いつも大きな宿屋に泊まっているお客さんまで、小さな宿屋に泊まっています。


「このままでは、お客をみんな取られてしまう!

それに、朝からこんなにお酒を呑まれちゃたまったもんじゃない!」


立派なお坊さん達が朝から晩までお酒を呑んでさわぐので、大きな宿屋の主人も店の者も眠る事が出来ずにヘトヘトです。


結局…立派なお坊さんと弟子達は、一月ひとつきも大きな宿屋に泊まり続けました。

しびれを切らした大きな宿屋の主人は、とうとう立派なお坊さんに宿代とお酒代を払って欲しいと言いました。


すると立派なお坊さんは……


「では明日出て行くので、その時に払おう。」


そう言って次の日の朝早くに宿代とお酒代を払い、弟子達を連れて旅立って行きました。

一月ひとつきもの間の宿代とお酒代ですから、大金です。

大きな宿屋の主人は、払って貰った代金を大事に金子入れきんすいれ ※2にしまいました。


「やれやれ…やっと出て行ってくれたか…… 」


ところが次の日の朝、大きな宿屋の主人が金子入れを開けてみると、立派なお坊さんが払ったはずの大金が、何と全て葉っぱに変わっていたのです!


そこでようやく立派なお坊さんとその弟子や仲間達が、豆狸まめだと呼ばれる化け狸だった事に気づいた大きな宿屋の主人でしたが後の祭り。


大事なお客さんは隣りの小さな宿屋に取られ、宿代とお酒代が全部葉っぱになってしまった所為せいで大きな宿屋は、しばらくして潰れてしまいました。


さて、豆狸まめだを泊めてあげた小さな宿屋は、その後も大繁盛。


小さな宿屋の主人は、豆狸まめだあやかって小さなほこらを建て、大事にしましたとさ。



             おしまい




※1


長期滞在の事。



※2


お金を入れておく箱

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る