第6話 サーラは俺の世話を焼きたがる

 人面の怪鳥ハルピュイアとの戦いは、その後しばらく続いたが、最後は俺たちが勝った。俺とデュラムが戦ってた二羽のうち、一羽は俺が剣で袈裟懸けに斬り伏せ、もう一羽にゃデュラムが槍を突き立てた。サーラも自分に襲いかかってきた一羽を杖で殴り倒し、怪鳥軍団は全滅した。


「な、なんとか片づいたな……」


 とはいえ、息は切れてるし、剣を持つ手もしびれてる。魔犬に続いて、休む間もなく怪鳥と戦ったんで、さすがに疲れたぜ。ここらでちょいと一休みするか。


「メリック、ちょっといいかしら?」


 手近な大樹にもたれかかって一息入れてると、サーラが近づいてきた。何を思ったか、俺のすぐそばで足を止め、大きな藍玉アクアマリンの瞳で、じーっとこっちを見つめてくる。


「いっ……?」


 俺は剣術馬鹿だから、恋とか愛とか、その手のことはよくわからねえが、かと言ってこんな状況で何も感じない朴念仁ってわけでもねえ。毎日見てるとはいえ文句なく美人で、おまけに結構きわどい格好してる女の子に見つめられたりすりゃ、顔がかぁっと熱くなって、胸がドンツク、ドンツク高鳴り出す。視線を合わせるのが恥ずかしいからってうつむくと、今度は胸のふくらみとか、水着風の革服が隠しきれてねえ両脚のつけ根に目がいって、かえってどぎまぎする羽目になっちまう。

 サ、サーラの奴、いきなりなんだ? 何まじまじと見てるんだよ……?


「……メリック。あなた、怪我してるじゃない」

「――へ?」


 気がつくと、ほっぺたに一筋、切り傷ができてた。さっき人面鳥ハルピュイアに引っかかれたときにできたんだろう。

 やれやれ。何かと思えば、そんなことかよ。


「た、大したことねえって! 血もほとんど出てねえし、ただのかすり傷だ。こんなもん、唾でもつけときゃそのうちに……」

「いいからほら、よく見せなさいよ」

「あぅ……」


 細い指で顎をつかまれ、くいっと横を向かされる。

 サーラは気さくでつき合いやすい奴だが、極度の世話焼き、お節介だ。俺のことを弟みてえに思ってるようで、やたらと姉貴ぶって世話を焼きたがる。

 ったく……俺は子供ガキじゃねえってのに。


「きれいな顔に傷跡が残っちゃ、みっともないでしょ?」

「き、傷跡のある顔ってのも、かっこいいじゃねえか。海賊みてえでさ」

「なーに強がり言ってるのよ。これくらいの傷なら、あたしの魔法ですぐに治せるから、じっとしてなさい」


 そう言って、魔女っ子は杖を俺のほっぺたに近づける。それから目を閉じると、何やら怪しげな呪文を唱え始めた。


「万物の創造者にして世界の支配者たる千の神々の一柱――〈大地を潤す女王〉、清らなる水の女神チャパシャ様。あたしに力をお貸しください……」


 魔法ってのは、フェルナース大陸に存在する様々な驚異や神秘の総称だ。たとえば、妖精エルフの優れた視力や聴力、小人ドワーフが誇る鍛冶の技、巨人の並外れた怪力。神話に登場する神々の、天災を操り、運命を定める力。魔物が持つ不気味な能力とか、伝説の英雄たちが戦いや冒険で駆使する秘技秘術。そういった不思議なもんや、不思議に思えるくらい優れたもんは、すべて魔法と呼ばれるか、魔法に属するもんと見なされる。

 ただ、サーラみてえな魔道を歩む奴らに言わせれば――自分たちが使う魔法ってのは、天上の権力者である神々から一時力を借り受け、そいつを使って奇跡を起こす技術なんだそうだ。

 閑話休題! 魔女っ子の祈りが女神に届いたらしい。サーラの杖が、突然青く輝き出した。泉に差し込み、水底にゆらめく陽光のような美しい光。一目見ただけでうなじが粟立ち、背筋にぞくりと震えが走る不思議な光輝――魔法の輝きだ。神々が住む天上の町、ソランスカイアにも、こんな光が満ちてるんだろうか。


「我、女神の力を借り、この者の傷を癒さん!」


 サーラが杖の先端を、俺のほっぺたに押し当てる。


「……っ!」


 冷てえ! いきなりほっぺたがひんやりした。井戸から汲み上げた水でも浴びせられた気分だ。毎度これにゃびっくりさせられる。


「はい、おしまいっと♪」


 サーラが杖を、俺のほっぺたから離した。


「本当に治ったのかよ?」


 いや、本気で疑ってるわけじゃねえんだが、いつもつい口にしちまうんだよな、このせりふ。


「もう、疑り深いんだから。嘘だと思うなら、傷に触ってみなさいよ。もっとも、触れるものなら――だけど?」


 言われるままに、自分のほっぺたにそっと触れてみると――なんと! 切り傷がきれいさっぱり消えてやがる。傷なんて最初からなかったみてえだ。毎度のことながら、見事なお手並みだぜ。


「……すごいんだな、お前って」


 思わず魔女っ子に、感嘆と賞賛の眼差しを向けちまう俺。


「普段、あんまり魔法を使わねえから、こういうときでもなきゃわからねえけどさ」

「あら、今さら気づいたの?」


 心外そうに腕組みするサーラ。そのほっぺたが、かまどの中でふっくら焼けた麺麭パンみてえに、ぷくーっとふくらむ。


「へへっ、まあな……」


 そのときだった。左手から、でっかい地響きが聞こえてきたのは。

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