翌日、目を覚ますとエコーは居なかった。どうやら、大阪へと旅立ったみたいだ。


イルカが目を覚まして、俺の元へとやってくる。寝惚けた目を擦ると、明るい笑顔を向ける。


「おはよう、誠慈!!」


百合の面影を残す其の笑顔に俺は又、心を掻き乱されていた。イルカは百合で在って百合ではない。百合は在の夜、確かに俺の腕の中で死んだのだ。俺は恐ろしく身勝手だ。イルカに百合を重ねて、惚れている。百合を此の手で死へと追いやりながら、百合のクローンに惚れているのだ。そして、もしもドルフィンの人格が目覚めたら、イルカを殺そうとしている。俺の都合でイルカを振り回している。最低な男だ。


イルカは無邪気な笑顔を浮かべながら、俺の隣りへと滑り込んで凭れてきた。


「誠慈ぃ。怖い顔して、どうしたのぉ?」


「いや、何でもない」


無意識の内にイルカから目を逸らしていた。


イルカに見詰められると、百合と重なって愛しさに抗えなかった。そんな愚かな俺に、無性に腹が立った。


「こっち向いてよ」


俺の頬に触れる手が、温かく愛しくて、切なかった。イルカは百合なんだ。だけど、百合はもう死んでいる。


俺はイルカを百合としてではなく、イルカとして見ようとしているのかもしれない。だけど、イルカは百合なのだ。


「私は篠崎百合なのよ。貴方が、そう教えてくれたんだよ、誠慈」


優しくイルカがキスをする。唇に甘い毒でも塗っているのか、心が甘く痺れて溶けてしまう。


堪らなく好きだ。


百合が好きだった。


だけど、イルカは百合じゃない。


だけど、イルカは百合なんだ。


矛盾している。


「私は篠崎百合よ!!」


――違う!!


百合は死んだんだ。


心の声が、イルカの耳には届いていたのかもしれない。彼女は泣きそうな声で言った。


「貴方が百合って呼んでくれて、本当に嬉しかった。だけど、私は所詮、百合さんのクローンでしかないんだね……」


「君は百合だよ」


「そんな事言われても、もう信じれないよ!!」


解っていた。


傷付けてしまう事は初めから解っていたのに、どうして防げなかったのだろう。


俺は激しく後悔していた。後悔しても遅いのに、俺は抗えないでいた。


「私はイルカ。篠崎百合じゃない。貴方が愛した百合さんなんかじゃない。貴方が私を百合さんと重ねて、私を愛してくれてただけだって解ってたけど、私は貴方に愛されて嬉しかった。だけど、私にはもう、貴方の愛は辛いだけ……」


俺は何も言えなかった。どうして、何の言葉も出てこないのだろう。


俺の言葉は余りにも軽薄だ。


イルカを傷付けてしまう。


「しばらく、一人にしてて……」


そう言って、イルカは何処かへ行ってしまった。其の後ろ姿を俺は只、何も言えずに見ている事しか出来なかった。

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