第二章【Echo the dolphin】

「ねぇ、知ってる?」


水面に泳ぐ海豚(イルカ)を見ながら、百合が言う。


「海豚は、牛と共通の祖先を持ってるんだよ!!」


楽しそうに百合が笑う。太陽の光が、波に反射している。


「本当に?」


「うん。約四千万年前に、メソニックスって言う四足歩行の生物がいたのよ。犬ぐらいの大きさで、チーチス海って言う遠浅な海の水辺に暮らしてたの。やがて、彼等の一部が陸から海に住家を変えて、海豚に進化したのよ。そして、陸に残ったメソニックス達は牛や羊達に進化したの」


「随分と、詳しいんだね」


「大学にいた時に、海豚に就いて学んでいたもの」


「そうなんだ」


――Quiiiii,


海豚が鳴いた。


「彼等は音を扱うのが、凄い上手なのよ」


そう言って、百合が歌い出した。すると、海豚も歌に合わせて、鳴き声を上げる。まるで、百合と会話をしている様だった。


 次第に、メロディーが加速していくに連れて、海豚の鳴き声も加速していく。とても不思議な事だったが、とても楽しい現象だった。


海豚の鳴き声に釣られて、他の海豚の鳴き声が遠くから聞こえてきた。


「見て!!」


物凄いスピードで、海豚の群れが泳いでくる。群れの先頭を泳いでいる一頭が飛んだ。すると、他の海豚達が一斉に飛んだ。


彼等の泳ぐ姿が、とても綺麗だった。


優雅に、気高く泳ぐ海豚達。軽快に絢爛(けんらん)に、自由気儘に泳ぐ其の様は、とても幻想的だった。彼等の泳いだ後には、V字状の波の谷が出来ていた。


「――Quiiiii」


百合が、海豚の鳴き声を真似る。


すると、海豚達も同じ様に鳴音(エコー)を返す。


――Quiiiii.


其処で、目が醒めた。


ふと、ベッドに目をやると、イルカが寝息を立てていた。夢の所為か一瞬、百合と見間違えて驚かされた。


懐かしい記憶が、夢となって蘇った事を少し懐かしみながら、煙草を噛み締める。ふと、携帯に目をやるとアゲハからメールが入っていた。


どうやらエコーの記憶が戻って、明日の夜に帰って来る様だった。


煙草の火を消すと、イルカが目を醒ました。


「おはよう、誠慈!!」


とても、愛しかった。


絶対に、失いたくなかった。


「どうしたの?」


気が付くと、イルカを抱き締めていた。


「大丈夫だよ、誠慈」


イルカは、優しく俺の頭を撫でた。


「私は、何処にも行かないから」


俺は訳も解らず、嗚咽を漏らしていた。


イルカは静かに優しく歌い出した。とても心地良いメロディだった。初めて百合と出会った夜に聞いた優しいメロディだった。


イルカの胸の中で、俺は眠るまで歌を聞いていた。

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