そこにたったひとつの命があった。

全知全能に限りなく近い、いわば神のような存在によって規定された数多の死亡パターンから外れてしまった「特例死者」たちが、与えられた幾つかの特権を使ってそれぞれの人生を振り返る話。

この物語を一言で表せばこうなるでしょう。
そして特例死者は三人いるので、三者三様の人生があった。それぞれまったく違う境遇、違う環境で、違うことを考えて生きてきた。
それがたまたま「通例の死に方をしなかった」という理由で一同に会し、物語が始まります。

ネタバレを恐れずに言うと、彼らに与えられた特権のひとつに「生き返ることができる」というものがあります。
もちろんそれには条件があり、そして、当人たちも必ずしも蘇生を望むわけではない。ずっと今の状態で居続けることもできるし、特権を使い切って完全に消滅する道もある。

振り返る過去も、そこに遺してきた相手も、全員バラバラです。
人間の数だけ人生があるなら、むろん最後に下す決断もそれぞれ。

作中に、とくに印象的な言葉があったので引用させていただきます。
あるキャラクターの家族の、「命はたったひとつきり」という話から続く科白です。

「一つだから、どうせ正しくなんて生きられない。一つだから、確実なものになんて到底たどり着かない。諦めてるんじゃなくて、もっといい方法を知ってるって話ね。つまりたった一つの自分の命を、何があっても認めてあげたらいいわけよ」

私はこの言葉が、この物語の主題ではないかと感じました。

死者たちは、それぞれの過去を振り返りながら、自分の人生はなんだったのか? 結局自分とは何者だったのか、どこかで間違っていなかったか、というような根源的な疑問や苦悩を明かしています。
まさしく彼らの共通点は「自分自身を無条件に認めていなかったこと」ではないかと私は思うのです。

だけど正しい人生なんてない、あるいは、誰も知らない。
それを上の科白が教えてくれたようでした。


最後に、私がいちばん好きなシーンをご紹介します。

特例死者の青年が、同じ特例死者の少女に涙を見せて、それを慰められる場面です。
両者はそれぞれ生前は真逆の立場にいました。
青年は、家族を守るために必死で強い人間であり続けてきた。一方の少女はずっとある人物に守られてきた。本来守る側だった者が苦しい本心を吐露し、それを守られてきた側が優しく受け入れたことで、なんというか青年の人生の一端が報われたような心地がしました。


この作品は決して明るい話ではありません。ひたすら重いわけではないにしろ、根幹のテーマは命です。だから軽いはずがないのです。
けれどその中に温かい愛情の光が見える。正しくなくてもいいから、自分を認めてあげたらいいと教えてくれる。
これこそまさに、自己肯定感を失い承認欲求に喘ぐ現代人が読むべき作品です。


*なお、このレビューを書いた人は★押す途中でエピローグにショック死しました。