予選4

「デスゲームの内容は?」


 俺はそう訊いた。


「最初は予選ですー。今回は過去最多となる1024組のチームが参加していますが、予選で256組に絞られますー。あなた達、239番のチームは、225番から240番までの16組のチームが参加する第15ブロックで戦ってもらいますー。第15ブロックの戦場となるのは『ナイカモナ星』という惑星ですー。あなた達には、そのナイカモナ星の半分以上を支配する超大国、『アルカモナ帝国』の通貨『ゼン』を集めてもらいますー。期間は8日間ですー。最終日の真夜中時点で、所持金額の多い上位4組が予選通過となり、下位12組が敗退となりますー。予選での禁則事項として、殺人と窃盗がありますー。人を殺した場合、被害者1人つきマイナス1億ゼンとしますー。他人のお金や物を盗んだ場合、被害金額の2倍を所持金から引いて計算させてもらいますー」


 対戦相手のチームと直接殺し合いをするわけじゃなくて、稼いだお金の多寡で勝敗を決めるのか。

 おまけに殺人が禁止と言いつつ、失格にはならずに、所持金が1億ゼン減るだけなのか。『ゼン』の貨幣価値がどれくらいなのかは分からないけど、意外と甘いルールだな。


 ……いや。こいつは「予選での禁則事項」と言ったのか。本戦では殺人も窃盗も解禁されるのかもしれないな。


「アルカモナ帝国では、言葉は通じるのか?」

「はいー。すでに皆さんには、私が翻訳魔法をかけていますー。私と会話が通じるのも、その翻訳魔法のおかげですー。文字の読み書きも大丈夫ですー」

「アルカモナ帝国の文明レベルはどれくらいだ?」

「抽象的な質問は答えにくいので、もう少し具体的に質問してくださいー」

「アルカモナ帝国の文明は、地球の時代にたとえると、どれくらいだ?」

「ちょこーっとあなた達の頭の中を覗かせてもらいますねー。……日本の江戸時代くらいの文明レベルみたいですねー」


 頭の中を覗かれても、そう言われなければ分からないんだから、黙って覗けばいいのに!


「っていうと、電気もガスも水道もないくらいの文明レベルか?」

「電気とガスは自然界に存在するものなので、ありますよー。その存在もアルカモナ人に発見されていて、知識人達はそれを実用化しようと努力していますが、実現には至っていませんー。一般庶民は電気もガスも存在すら知りませんねー。水道は、特権階級の人々が住まうエリアで、下水道のみ実用化されていますー」

「アルカモナ帝国の法律はどうなってる?」

「抽象的すぎますー。もう少し具体的に質問してくださいー」


 抽象的な質問に答えるのが苦手なのは、AIに似ているな。実体はないと言っていたし、案外、魔法生命体というのは地球で言うところの人工知能に相当するのかもしれない。


「例えば、地球のほとんどの国ではチューインガムを噛むのは普通のことだけど、シンガポールでは医療用のガム以外違法だ。他にも、大抵の国では成人がお酒を飲むのは合法だけど、イスラム教の国では違法なことが多い。こんな風に、俺たちの常識では合法だけど、アルカモナ帝国では違法なことがあったら教えて欲しい」

「はいはいー。あなた達の頭の中をちょこーっと覗かせてもらいますねー。……アルカモナ帝国では、卵を食べるのが違法ですねー」

「えっ! マジか!」


 俺は驚きの声を上げた。他のクラスメート達も驚いている。


「はいー。卵を食べると、懲役10年の犯罪奴隷にされますー。アルカモナ帝国の国教では、卵を生命の象徴として神聖視していて、それを食べるのは生命に対する冒涜と見なされますー。というのは建前で、実は大昔のアルカモナ帝国の王族の中に卵アレルギーの人が何人もいて、アレルギーに関する知識がなかった当時の人達はそれを天罰だと思い込み、卵を食べるのが国中で禁止され、後付けで卵を生命の象徴として神聖視するようになったみたいですがー」


 聞いておいてよかった。知らずにアルカモナ人の前で卵を食べたら大変なことになるところだった。


「卵っていうのは、鳥の卵のことだよな?」

「鳥類や魚類や両生類やは虫類など、生き物の卵全般を食べるのが禁止ですねー。それから、哺乳類の胎児を食べるのも違法ですー」

「ああうん、それは日本でも一般的じゃないから別にいいや。他には何か、俺たちの常識では合法だけど、アルカモナ帝国では違法なことはあるか?」

「特にありませんねー」

「逆に、俺たちの常識では違法だけど、アルカモナ帝国では合法のことってあるか?」

「アルカモナ帝国には、麻薬や覚醒剤のような中毒性のある薬物の所持や売買が合法ですー。お酒は未成年でも飲むことができますー。それから、買春や売春が合法ですー。身分制度があって、犯罪奴隷や借金奴隷の売買や所持が合法です-」


 うわあ……。結構エグいことをさらっと言いやがった。

 あれ? 待てよ、奴隷が合法ってことは――。


「ちょっと待って。予選に勝ったら、私達はどうなるの?」


 眼鏡をかけた、地味な外見の女子が会話に割り込んだ。その髪型は多分ボブなんだろうけど、この女子の場合は「おかっぱ」と言いたくなる。この女子のことは地味子ちゃんとでも呼ぼう。


「一旦この魔空間に戻り、次のゲームである本戦1回戦の説明を行います-」

「予選終了時点で、私達が奴隷になっていたとしても、ここに戻されるのね?」

「はいー」

「じゃあ例えば、最終日の8日目の夜に、32人の中の誰か1人に全員分の『ゼン』を集めて持たせて、その1人が他の31人を奴隷として売って、所持金を底上げすることもできるの?」


 地味子ちゃんががそう質問すると、あちこちから感心したような声と、非難するような声が同時に上がった。感心したような声は、その方法を思いつかなかった生徒からだろうが、非難するような声は一時的にとはいえクラスメートを売ることに忌避感を覚えた生徒からだろう。


 俺も地味子ちゃんと全く同じ方法を思いついていたんだけど、言わなくて正解だったっぽいな。


「できますー。ただし、例えばAさんがBさんを100万ゼンで売った場合、Aさんの所持金は100万ゼン増えますが、Bさんは100万ゼンの借金を背負ったと見なされますー」

「Aさんの所持金は増えるけど、チームとしてはプラスマイナスゼロで、意味がないってことね?」

「そうですー」


 ザイリックの答えに、地味子ちゃんはがっかりした表情になった。


「借金をした場合も、手持ちのお金から自動的にその金額が引かれると思えばいいのか?」


 俺はそう訊いた。


「そうですー」

「大量の現金を持ち歩くのは危険だと思うけど、銀行に預けることはできるか?」

「できますー」

「銀行に預けているお金も、俺達の所持金として扱われるのか?」

「扱われますー」


 それなら強盗に狙われる心配は少ないか。


「アルカモナ帝国の中で転移する場所は選べるのか?」

「予選開始時の1回に限り、自由に選べますー」

「っていうか、アルカモナ帝国以外にも転移できるのか?」

「できますー」


 まあ、最終的にはアルカモナ帝国の通貨『ゼン』に換金しないといけないから、アルカモナ帝国以外に転移するメリットは少ないんだけど、一考の余地はあるな。


 次に優先的に訊いておかないといけないのは――と、俺が考えていると。


「信じらんない。あんた達、こんなバカみたいなゲームに、本気で参加するつもりなの?」


 呆れと非難が入り混じったような表情で、質問子ちゃんが俺を睨みながらそう言った。

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