第二話

 2:

「めえええええちゃあああああああんっ!」

「えがった! 本当にえがったぁあ~ぁ~あっ!」


 ……たしかに、私の名前が燕なだけに小さい頃は『めーちゃん』と施設で言われていたが……これは私の小さい頃のあだ名ではない。


 正面の大画面テレビでは今、映画『となりのトトロ』のエンディングが流れている。スピーカーから、「となりのトットロ♪ トット~ロ♪」と、子供の頃に一時期口ずさんでいた歌が流れていた。


 ちなみに、涙を流して大感動しているのは番太さんと源之助さんの二人(しかも、大画面テレビのまん前を二人して陣取っている)


 ふと気づいて、一緒に黒革ソファーに座る兄を見る。かなり無気力な顔をして観ていた。


「ねぇお兄ちゃん」

「あん?」

「やっぱりヤクザしてると、こういった子供向けのアニメとか、感動する話には弱いものなの?」


「どーだろ?」


 兄は少なくともそういったことは無いようだ。


「セイントセイヤのほうがええな」


 と、番太さんと源之助さんが涙と鼻水を散らしながら振り向いて。汚いなあ。


「姐さん。極道に身を置いているとですね、ふと気が付いたときに殺伐として来るんでさ……」


「この乾いた心には……沁みるんでさ……俺たちの中にある、人としての涙を思い出させてくれるんでやす、姐さん」


「ああ……そうですか」


 本当に心の底から、そうですか……としか言いようが無かった。

 それと――


「何度も言ってますけど、その『姐さん』はやめてください」


 だけど、番太さんと源之助さんは交互に言いつつ、断固拒否する。


「いいえ、燕さんを以後、姐さんと呼ばせていただきやす」


「自分よりもすごいお方、それは年齢がどうのとか、今までがどうのだったとかなんて、関係ありゃしません」


「暴れ龍となった龍のアニキを、あそこまで押さえ込んでしまうなんて、姐さんにしか出来やせんぜ」


「尊敬に値しやす」


「さすがに年齢は考慮に入れて欲しいんだけどなぁ……」


 エンディングまでをちゃっかり流しきった番太さんと源之助さん。

 次に流すDVDを選び始めた。


「次は『おもひでぽろぽろ』や」と源之助さん。

「いやいや、少し切り替えて『紅の豚』や」と番太さん。


 ちなみに、このジブリ作品鑑賞会は、昨日の晩から行われている――


「お前らええ加減にしねーか」


 秦太郎さんが、しごく真面目な面持ちで二人の手を止めた。


「お前らはもう一回選んだだろうが」


 今しがた終わった『となりのトトロ』は源之助さん、昨晩の最後に観た『千と千尋の神隠し』は番太さんチョイスだった。


「しばらくはお前らに選択権は無い」


 秦太郎さんがぴしゃりと。


「そうですよね? 燕さん」


 何故私に同意を求めたのかな?


「まぁ、順番を守るのは大事だと思いますよ」


 私の肯定に、秦太郎さんは大きく頷くと――秦太郎はスーツの内側に手を入れた。

「今度は俺の――」


 そう言って、秦太郎さんが懐から取りだしたのは。


「――『猫の恩返し』だ」


 その時、源之助さんと番太さんの背後で雷光と衝撃が走った――ように見えた。


「さっすが秦のアニキ! パネェっす!」

「ハイレベルさに感服しやした!」


 え? どのへんがレベル高いの?


 選択の優劣加減が分からない……まぁ良い話なのは分かるけど。


 それよりも――


「ねぇねぇ、なんでそれだけ懐にいれてたの? どうして?」


 私の問いかけは、秦太郎さんにも番太さんにも源之助さんにも届かず、三人して盛り上がっていた。


 私が候補として温めている『もののけ姫』は、まだ少し先らしい……。


 そんでもって、兄は何も選んでいなかった。


 秦太郎さん曰く「お前に選ぶ権限は無い! どれも観ろ!」だそうな。


 退屈に眠たげに、大きなあくびをする兄は、両手と頭が包帯で巻かれていた。


 手の皮膚が破れていて、骨にもいくつかひびが入っていた。そして一番心配だった後頭部は……なんとか無事だった。


 一番ひどいと思われた箇所は、頭皮が切れて出血が多かったが、頭蓋骨も無事。まぁ脳震盪にはなったが、問題は無い様子。


 とりあえずなんとも無かった。ついでに言うと、これ以上馬鹿になることも無いらしい。


 ちなみに秦太郎さん曰く「これ以上の馬鹿は見たことがない。だからこいつが最底辺だ」との事。


 ……昨日の晩、組長さんに一人呼び出されて、戻ってきたときはなんだか落ち込んでいた様子だったなあ。


 おそらく大目玉を食らったのだろう。

 しかしもう、いつもどおりの兄に戻っている。

 秦太郎さんチョイス『猫の恩返し』が流れ始めた頃。

 はっと思い出した。


「買い物」

「ん?」


 兄だけが気づいた。(秦太郎さん、番太さん源之助さんはテレビ画面に食いついている)


「行かないと」


「んじゃあ、ぱっぱと行って帰ってくるかねぇ」

「だねー」


 ソファーから立ち上がった。

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