悪兄

第一話

 1:


 ざく……ざく……

 まったく手入れをしていない雑草は、もう膝ぐらいの高さまで伸びていた。


 目の前には小屋が――自分の家だ。


 向かいには雨戸で締め切った暗い窓。光は届かない。

 人の気配はする。雨戸で締め切って、お互いに見えないようにしているのだ。


 また喧嘩をした。


 毎回俺が悪いと誰もが言ってくる。

 どんな理由があったとしても、先に手を出した奴が絶対に悪いという考えが、

 どうしても納得できない。


 ……理解できなかった。


 そんことを納得したら、やられ放題だ。


 直接手を出さないで、仲間を作って遠まわしにちょっかいを出してくるような……だからそんなクソ卑怯な奴らが我が物顔するんじゃないか。


 いじめる側の天下じゃないか。


 納得いかねぇ。


 俺を預かっている人たちは、もうそんな俺を見ようとしない。


 雨戸は締め切られている。締め切られたままだ。


 ――飼われてるみたいだ。


 雨戸の奥から、明るい笑い声が聞こえてきた。


 住まわせてやっているだけありがたいと思え。



 ……『やっている』と。

 本当は何の関係もない、と。

 文句があるならさっさと出て行け! ……と。 


 最後に聞いた言葉は、こちらを見ずに周囲へ向けて「どうしようもない」だった。

 俺にじゃなく周りに向けてだ。


 ――お前ら、それでも同じ血が通ってるのか!


 自分の家――寝泊りしている小屋の前には、雨ざらしでぼろぼろになった棚がある。


 小学生の頃は夕食が置かれていた棚。今はご飯ではなく、小銭が置かれていた。


 財布の中に入っていた硬貨のいくつかを、適当に置いていった程度の金額。


 金額も硬貨の数もまちまちで、置かれていない日だってあった。


 今日の俺の夕食代。


 少しでも大きなお金を持つと遊びに使ってくるって……小遣いも無いのに。


 飢えをしのげるくらいの、ぎりぎりの硬貨。


 金が嫌いだ……こんな、こんなもので自分の事が決まってしまう金が!


 自分の何もかもが、お金で決まっている。生き死にすらも。

 こんな奴らからの金で。こんな奴らからもらっている金で!


 ……空腹。


 もう腹の虫も鳴らないくらいに……飢えていた。


 だから、その硬貨を握るしかなかった。


 硬貨を握った拳が、悔しさで力を込め過ぎて震えた。


 握りすぎて、硬貨が手のひらに食い込んで痛い……。


 ――早く……早く大人になりたい!

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