第五話

 5:

「燕さん、申し訳ありやせんでした」


 秦太郎さんが深々と頭を下げる。


「いえ、試験は大丈夫でしたから……」


 彼に続き、番太さんも源之助さんも頭を下げたまま……顔を上げてくれない。


「本当に大丈夫ですから」


 そんな片隅で兄は、両手を頭に置いたままぶう垂れた顔をしていた。


「本当に申し訳ありやせん」

「わかりましたから、もうお顔を上げてください」


 ようやく顔を上げた秦太郎さんたち。そこへまだぶう垂れ顔を残した兄が。


「じゃあそろそろ帰ろーかー?」

「……お前は本当に、反省というものがねぇなぁ」


 ごうっ、とオールバックの髪が浮き立つような気配を見せる秦太郎さん。


「まあまあ秦太郎さん」


 私がなだめると、秦太郎さんが気を取り直してくれた。

 秦太郎さんがこほんと咳払い。


「燕さん、お乗りくだせぇ」


 秦太郎さんが乗ってきた車は黒光りする高級車だった。すごい風格。


「んや、燕。ちょっと歩いて帰ろーか?」


 言ってきたのは兄だった。


「大丈夫じゃ、ただ歩いて帰るだけじゃき」


 兄が秦太郎さんへ。

 秦太郎さんは一度じっと兄の顔を見て、


 しぶしぶといった面持ちで「分かった」と了承した。


「では燕さん、あっしらは一足先に戻らせていただきやす。何かありましたら携帯ですぐに連絡下せぇ。すっ飛んできますんで」


 ――さっき本当にすっ飛んできたんだよね。


 試験前の校長室での出来事。


「あの、秦太郎さん」

「なんでしょう?」

「えっと……ひょっとしてあだ名みたいなのとか、付いたりしてません?」

「ええ、あっしは『雷の秦』とか『黒い雷』という通り名がありやす。それが何か?」

「いえ、何でもありません」


 ――ああ、すごいしっくり来る。


「では、お気をつけ下せぇ」


 源之助さんが運転席に座り、番太さんが助手席。後部に秦太郎さんを乗せて、兄と一緒に車の後姿を見送った。


「そいじゃ、ちょっくら散歩がてらに帰るかの」

「うん」


 よくよく思えば、一週間近くになるというのに、兄と一緒に歩くのはまだ初めての事だった。

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