武勇伝なのかな?

第一話

 1:

「おい、そこのガキ」


 声を荒げて呼びかける。


「あん?」


 あの字に濁点が付きそうな唸り声。子供とは呼びにくい男性が振り返った。


 ややクセ毛かかった髪……というよりも、ぼさぼさでまともに散髪していない髪型に、ギラギラと凶暴に光る眼をした男。


「てめぇか? うちの組のヤツらをシバいてくれたのは」


 自分の後ろにいる、頭に包帯を巻いた組の者は、三角巾で釣ったキプス姿。どこを見ても痛々しい姿だった。


 といっても、その組の男はは自分よりも年上だ。年齢だけの上下関係など、学生くらい……力と従えられるものさえあれば、上に立つ条件は十分である。


「ああそうだ」


 男は、俺の背後にいる包帯まみれの兄弟分を見て、思い出したように肯定した。


「秦太郎さん、こいつ飛高龍之介ですぜ」


 もう一人の組のヤツが言った。

 飛高龍之介。名前は知っていたが、会うのは初めてだった。


「そこのドアホがよ、俺の前にツバ吐きやがったんだぜ。親分だってんなら、下の『シツケ』くれぇしとけやボケナス」


 龍之介が歩み寄り、下側から見上げるように凶暴な眼光をつけつけてきた。

 しかしそんな威し顔では、自分を震え上がらせることはできない。


「貴様、俺が誰だかわかってんのか?」


 武玄組。この町の悪。ヤクザ者だ。


「ああ分かってるさ、面白そうじゃねぇかよ。親分ちゃん」


 今の自分に、ここまで露骨な喧嘩の売り方をする相手は久しぶりだった。

 ただの身の程知らずの、馬鹿なガキ。


 身の程が分かっていない糞ガキだ。


 だが、何故だか……そう、派手な喧嘩をこんな路上でのおっぱじめるのが久しぶりだったからだろうか。


 俺はその喧嘩を買った。


 パトカーのサイレン音が間近にやってくるまで、ぶん殴り合った。

 出会いといえば聞こえがキレイ過ぎであり、その頃の自分もまだまだ青かった。

 初めて龍之介を見た時が、この時だった。



 飛高龍之介。


 こいつについて語るのは、ただの野良と一言で片付けることができるが、どういった荒くれ者かと聞かれたら、おそらく長く話す事になる。


 こいつは何より、タチが悪かった。


 ます媚びない、誰にも従わない懐かない、安っぽい挑発ばかりをする。世辞も社交辞令も……いや、うわべだけの言葉をその場で出せるような器用さがない。


 頭も悪く、性格も品格も最悪。


 現代社会を恨みがましく、憎らしくも思っている節もあり。社会的な言葉を長く吐き出すくらいなら、手か足を先に出すほうが早いと本気で思っている。


 確実に、扱いの悪さではドサンピン以下だ。


 聞けば子供の頃から、家庭とも呼べない場所で汚く飢えながら過ごしていて、また当時もそうだった。


 組長――俺達の親父が「てめぇ、命が惜しくないのか?」と聞けば、「まぁ、いつ落っ死んでも大したこたぁないんでね」と、嫌らしい笑みを浮かべて言い切り、ついでに口に溜まった血泡まで、親父の足元へ吐き捨てた。

 


 飛高龍之介の扱いについては、武玄組でも手を焼いた。


『消す』だけなら、まあなんだかんだで頭をかち割れば簡単だ。しかし、こんな獣にも劣る奴の死体を、埋めに行く沈めに行くなどの手間は、鉛弾をくれてやることすらも誰もが嫌がった。


 こんな奴にそんな手間は掛けたくない、と――誰もがみな一同に、ムカつきをこえて呆れていた。触れるのも嫌悪するほど。


 人間のクズ。


 まさに手が付けられないどうしようもない、この事に尽きる。

 そんな中、親父が他所の奴らに命を狙われた。


 他所からやってきた同業が、生憎血の気が盛んな奴らで、ちょっかいと小競り合いの発展の末に、起こった事だった。


 しかし、親父が死ぬことは無かった。


 幸か不幸か、その場に偶然居合わせた龍之介の加勢により、親父は腕に銃弾をかすめた程度で済んだ。


 親父は昔から『暴れ龍』として恐れられていた。親父の武勇伝を語るには、さらに長い話になるだろう――省略する。


 しかしその半面、義理堅い任侠者として通っており、

 親父は九死に一生を得たことで、龍之介に礼をすると言った。


 腕の傷を治療しながら組の屋敷で、親父は龍之介へ「いくら欲しい? 言ってみろ」と聞く。


 それを龍之介は「金? いらね」と親父の礼を一蹴した。


 そして「別のもんくれや」と、あろう事か親父の部屋で物色をし始めた。


 親父はかまわんと言ったが、俺を含む皆は、肝を冷やしすぎて寿命がこの三十分足らずで削れ尽きてしまいそうだった。今でも覚えている。


 そして龍之介は一着の古い羽織を見つけ、こちらにその古い羽織を見せた。


 親父が昔に愛用していた羽織の一着だ。


「夜中は寒いからな、古い方が汚れてももったいなくねぇし、格好もええしな」


 そんな軽口を叩いた龍之介。


 親父の部屋を荒らしまわって、あまつさえ愛用品を手にして持ち去ろうとするコイツに、いくら命の恩があろうと、皆して堪忍袋の緒が限界だった。


 ――しかし、親父は笑った。


「俺の命が、そんな古着と同じか。大したもんだ……確かに、それは俺の気に入っているもんだが、お前もそれが気に入ったのか」


「カッコええねん。古くても惚れ惚れするわ」


 腕の痛みも忘れたかように、親父の笑い声は俺たちでもなかなか見たことのない、腹を抱えるほどの大笑いだった。


「いいぞ、くれてやろう、持って行け」

「あんがとよ、また命でも狙われてくれや。次は何をもらおうかの?」

「大きなお世話だ馬鹿野郎」


 ひょうひょうとした風体で、羽織を肩にかける龍之介。


「そいじゃ、そろそろ行くかね」

「また野良犬として過ごすか?」


 機嫌の良い親父の軽口。おそらく、お気に入りの羽織を付けた若いチンピラを見て、昔の自分を写したのかもしれない。


「その前によ、ちょっくら他所から来て調子こいてる奴らをシメてくるわ」


 龍之介の言葉に、親父も驚いた。


 死ぬ気か? というのは今さらだった……いつ落っ死んでも変わらない、この龍之介だ。


 獣にも劣る男――だが。


 その男を見て、憔悴していた全員に『火』がついた。


 どんな馬鹿者がどんな馬鹿で野垂れ死んでも知ったこっちゃあないが、今のこいつは龍の羽織を背負っている。


 親父の羽織をだ。


 俺たちは、一丸になったというよりも、親父の龍を背中に乗せちまった大馬鹿野郎――その羽織を汚させるわけにはいかねぇと思った。


 親父の羽織のほうが、こいつの命よりも確実に重い。そう言い切れる。

 その場にいた全員が立ち上がっていた。

 みな同じ方向を向いて。


 野良犬が無駄に格好つけて歩いていく背中に、全員が集まる。


 むかついて意地を張ったついでだろうか、俺は龍之介の隣に立った。


 ぎらついた目にふざけた笑みをする龍之介。


 調子に乗るなと頭突きを入れてやると、龍之介もこちらに頭突きを返してきた。


 思えばこの瞬間からだったのかもしれない。


 そうして俺と龍之介は兄弟になった。

 

 そして飛高龍之介――『暴れ龍 二代目』の誕生でもあった。

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