第三話

 3:

「はーあ……」


 柴田から飛高という苗字になった。

 持っていた参考書を、テーブルの上へ放り投げ……ようとして、そのまま上に置く。昨日はうまく眠れなかった。部屋の匂いや布団の感触、天井が違うだけで、こうまでして眠れないとは……。


 やはりくつろげない。


 思い切ってソファーでごろ寝してみたがだめだった。落ち着かない。


 この新品同様の部屋と家具類は、全て兄の龍之介が私と一緒に暮らすために、一気に買い揃えたのだと。


 前に住んでいた所は、年頃の女の子が住めるような部屋ではなかったらしい。

 そんな兄は、朝になって早々に迎えに来た秦太郎さんと共に仕事へ出て行った。


 今は一人だ。


(そういえば、何の仕事をしているのか聞くの忘れていたなぁ)


 秦太郎さんはまたスーツ姿だったが、兄はトレーナーとジーンズ。ラフな格好で出て行った。


(なにしてるんだろう?)


 ソファーの上で体勢を変える。ぎゅうというソファーの革の締まる音。

 聞き忘れてしまった分、やたらと気になる……早く聞いておけばよかった。


(秦太郎さんって、不思議な人だったなぁ)


 兄の友人であり、また私自身にもいろいろと気を使ってくれたり、昨日の晩も今日の朝も、秦太郎さんは親身になって様子を伺ってきた。

 口調は変だったが、良い人だ。


「ん?」

 ソファーの近くで、ちょこんと座っている小型犬に気づいた。

「コジローちゃん」


 バグという犬種のコジローは、ようやく気づいてくれたとばかりに、にか~っと喜んで舌を出した。


 こちらが伸ばした手を、コジローは鼻先で確認し、指先をぺろりとひと舐め。


 可愛いなあ。


「あ、そうだ」


 思い出してがばりと起き上がる。

 さらにソファーから降りると、隅っこに転がっていたリードを拾い上げた。


「コジローちゃん、お散歩行こっか?」

 よく分かってないコジローが小首をかしげる。

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