5 異星人の正体

UFOの内部でひなたと優一は意識を取り戻した。二人はベッドのようなものに寝かされていた。UFO内部は色とりどりの様々な見知らぬ機械が置かれているようだったが、すべてが実体があるようでなくはっきりとせず朧げだった。かたわらにゴスロリ美人とロックかっぱオヤジ川端が立っていた。

 起き上がった優一がつぶやいた。

「ここはまぎれもなくUFOの中なんですね。ということは僕たちは本当にアブダクトされたっていうことなんですね」

 ロックかっぱオヤジ川端はうなずいた。

「ということは、おじさんは宇宙人なんですか?」

 いまだに何が自分の身に起こったのかはっきり理解しているのかどうかわからない風情で、ひなたが尋ねた。

「まぁ、君たち地球人の概念でいえばそういうことになる…」

「でも、川端さんは昭和四十九年の銚子商業の優勝のことや犬吠オーシャンランドやスカイタワーのことだって知っていた。一体いつから地球にいるんですか?」

「君たち地球人とわたしたちとは“時間”に対する概念がちがうんだ。君たちの五十年はわたしたちにすればそれほどの時間ではないのだ。

 そういって、ロックおやじ川端は語り始めた。おおよそ、それは次のようなものだった。


 私たちは古の昔より、この星に何度もやってきている。そして人類の誕生から進化の過程を見守りづつけてきた。私たちのことを君たち人類がなんと呼ぼうがそれは君たちの自由だ。一部では神と呼び一部では悪魔と呼んでいることも我々は認識しているが、我々は関知しないし、また気にしてもいない。

しかし近年、人類はその傍若無人ぶりが年々酷くなってきていることを憂慮してもいた。我々の世界では、最近の君たちのふるまいがこの星に対して度が過ぎているということで、この星のためにならないのではないかということを主張する輩が力を持ち始めている。

そして我々の世界を二分する議論が巻き起こった。すなわち、君たち人類を存続させるか滅亡に追い込むかについてだ。そして我々の世界の世論は不要派、つまり人類を滅亡させる事を是とする一派の論に傾きつつあった。滅亡させるといってもハリウッド映画によくあるように武力で殺戮するとかそんな荒っぽい真似はしない。圧倒的な科学力の差があるので、ある時点で人類に子孫を誕生させないように遺伝子情報の一部を書換えるのだ。子孫が誕生しなければ人類に待ち受けるのは滅亡しかありえない。静かにこの星から退場してもらうというわけである。

だがそこに新しい理論が出てきた。それは人類には我々のDNAが数パーセント含まれているのではないかという説だ。その説を提唱したのはまさに私なのだ。私の研究によれば、古の昔より我々の祖先が人類と交わった証拠がいくつも散見されるのだ。それは君たちの神話と呼ばれるもののなかにも記述がある通りだ。私は人類の研究をするうちに人間が好きになった。そして私は自分の研究を実証するために四十四年年前に、ある少年を研究対象にしていたのだ。その少年が若き日の川端京二少年だ。

彼は四十四年前の一九七四年夏、犬吠オーシャンランドのプールサイドである少女に告白してフラれた。その時私は大いに彼に同情して、彼の中に飛び込んだ。耳から入り込んだんだ。そして彼と生活を共にしてきた。そして今では自分が地球人なのか異星人なのか、自分でも判別できないほど同化してしまっているのだ。


「つまり、今の私のこの“意識”は、地球人、川端京二のものか、異星人%&‘()のものか自分でもわからないんだ」

 異星人以下の部分は多分、あちらの発音なのだろう、ひなたと優一には聞き取れなかった。

「ちょっと待ってください。一体あなたたちの真の姿は、どうなっているのですか?」

 優一は、彼らが神か悪魔か異星人かはともかく、本当の姿が知りたいと思った。

「私たちの本当の姿?」

 ゴスロリ美人はしばし逡巡したのちに言った。

「いいでしょう。見せてあげるわ」

 次の瞬間、ゴスロリ美人の耳から何かが飛び出した。虫だった。それはUFO内部を飛び回るうちにどんどん巨大化していった。セミによく似た昆虫だった。ゴスロリ美人は魂が抜けたようにその場で活動を停止していた。人間と見まごうくらい精巧に作られたシリコン製のドールを操っていたのだ。それは地球上では稲の害虫として知られるセジロウンカにそっくりだった。

「これが私たちの本当の姿。ビックリした?」

 テレパシーなのか声が直接脳内に響いた。異星人がセミみたいな虫だとだれが想像したであろうか。優一は、ひなたの反応が気になった。卒倒して気絶してしまうのではないかと思ったからだ。だがそんな心配はこの無邪気な娘には無用だったようだ。驚くそぶりもない。

「わぁっ、背中の白い線カッコいい! だからセジロウンカなんですね~っ」

「羽触ってもいいですかぁ? わー、柔らかーい」

 ゴスロリ美人の中から出てきたセジロウンカに似た昆虫型異星人もどうリアクションとっていいのか戸惑っているようであった。もしかしてどっきりかなんかと勘違いしてるんじゃないかと優一は思った。そうでなければ、相当宮内はアタマのねじがぶっ飛んでいるのかもしれない。

「おじさんは、出てこないんですか?」

 ひなたは川端に向き直って尋ねた。

 川端は困ったような顔をした。

「私も見た目は彼女と同じだよ。たださっきも言ったように川端京二と長いこと同化してしまっているので神経系統を切り離すのに時間を要するからすぐこの体から出るわけにはいかないんだ」

巨大なセジロウンカは言った。

「あなたたちのDNAは調べさせてもらいました。ひなたには、我々のDNAが2.36%、優一には2.27%確認されました」

 いつの間にそんなことをしたのかと、ひなたは思わず両腕をクロスさせて胸を隠すしぐさをしてしまった。てか、呼び捨て?

「例え、数パーセントでも、自分たちと同じDNAを持っている人類を滅亡させようとする強硬派はこれでだいぶ勢いが殺がれるでしょう。博士が我々の世界に戻ることを決意してくれて助かりました。DNAデータと実際の博士の証言があればきっと世論をくつがえせますわ」

巨大化したセジロウンカの声が脳内に響く。

 川端、いやもう博士と呼ぶことにしよう。博士は言った。

「私は、この星の暮らしが気に入っていた。もうあちらの世界に戻るつもりもなかった。だがあの斥候をみてことは急を要すると悟ったのだ。母星の最高機関からも帰還要請を受けたことも大きい」

 博士はさらに続ける。

「私たち、穏健派は少数だが滅亡派にはくみしない。だが、人類存続を望む穏健派と一掃したい強硬派、その中間にはどちらにも属さない中間派というのがいるのだ。これが案外厄介なのかもしれない」

「どういうことですか?」

 優一が怪訝そうに尋ねる。

「私たちは体長四ミリメートル程のセジロウンカとなってこの星に降り立つ。当然この大きさでは目立ってしまうからに他ならない。四ミリメートルほどになればもし万が一、地球人に捕獲されたとしても普通のセジロウンカと見分けがつかないからだ。君等も見ただろう。公園のふれあい広場で、喫茶店の山羊の周辺で、我々の仲間はすでにこの星のあちこちに降り立っている。あれが中間派なのだ」

ひなたは山羊の耳の後ろに小さな虫がいっぱいたかっているのを振り払ってあげたことを思い出した。あれは異星人だったのか!

「やっぱり耳から入るんですか?」

 気になっているのか、優一が尋ねた。

「最近は耳だけじゃなく、目からも入るらしい」

「目? 痛そう…」

 ひなたは顔をしかめて手のひらで目を覆った。

「彼等中間派は、人類をコントロールすることを狙っている。自分たちの望む方向に操りたいんだ。そのための実行部隊がすでにかなりの数、やってきていると考えなくてはならないかもしれない」

 博士は慎重に言葉を選びながら喋った。

「彼等は私のように入り込んだ人間と意識を融合させて共存しようとは考えていない。入り込んだ人間の意識を変えさせることが目的なのだ。君たちの世界にある日突然、性格が百八十度変わったなんて人がいないか? 温和な性格だったのが突然好戦的になったとか…目立たない性格だったのがある日を境に社交的になったとか…」

 ひなたも優一も思い当たる人物を何人かあげることができた。

「つまりそれは、入り込まれている…ということなのですか?」

「その可能性は大いにある」

 優一は背筋がうすら寒くなるのを感じた。考えてみたらそんな人はいくらでもいるのではないかと思ったのだった。そのすべてではないにせよ、何割かは異星人が入り込んでるかもしれないというのだろうか…。

「彼らは君たち人類を正しい方向に導きたいだけだという。人類にアドバイスしてるだけだと主張するのだ。厄介なのは、入り込まれた人間が、コントロールされているとしても、それを自分の意志だと思い込むことだ。いろんな知識や情報を得て自ら成長して意見が変わるなんてことは普通にある。それとの区別が全くつかないのだ」

「それは、つまり侵略とはいえないってことですか?」

「少なくとも彼等にはそんな意識は全くないだろう。侵略などという強い言葉が適当かどうかもわからない。むしろ受取りかたの問題かもしれないのだ。ある人にとっては受け入れ難いだろうし、ある人にとっては歓迎すべきこととして受け入れるかもしれない…」

 優一はある日突然、外部からの力によって、自分の考えが知らない間に変わっていくのはとても許しがたいように思われた。やはりこれは一種の侵略とはいえないだろうか。

「突然、否応なしに自分の考え方や知識が変わってしまうのは、僕としてはやはり受け入れがたいと思います」

「生まれながらにして知見を持っている人間など誰もいない。あらゆる知識や考え方はどうせ誰かの受け売りに過ぎない。君たち人類がもっている知識や英知は本当に君たちだけで培ってきたものだったのだろうか?」

 ひなたは改めて自分の考えとか知識とかって何なのだろうと思った。確かに私が知ってることって誰かに教わったことばかりだ。自分で考えたことってなにかあるんだろうかと不安になった。川端博士は言った。

「いずれにせよ、方針を決定して、彼等を早く止めなくてはならないな。人類の意思はたとえその末路がどうなろうと、人類が決定すべきなんだよ。我々異星人が関与すべきではないんだ」

 ひなたがつぶやいた。

「銚子の住民の五人に一人がUFO目撃者…本当の意味は五人に一人が異星人…だったのね…」

「中間派の実行部隊がすでに相当数、この星に来ているのは間違いない。だが、彼等も私たちの仲間であることも事実だ。意見の相違があるからと言って、彼等を排除することは私たちにはできない。だが友人である君たちは守りたい。相反する感情だが、その時は友情の証が守ってくれるだろう!」

 等身大のセジロウンカの触覚がせわしなく動いてその複眼が光った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る