4 ロズウェル駅
ボディに大きく『かっぱ屋』のロゴが踊る軽ワゴンは、国道244号線を右折して細い農道に入っていった。
「え~っ、こんなところに本当に駅があるんですかぁ? 何もないじゃないですか!」
軽ワゴンの助手席でひなたは不安そうにつぶやいた。それを後ろのシートに座った優一と運転してるロックかっぱオヤジはにやにやして聞いている。駅に着いた。
ワゴン車のドアを開けてロズウェル駅に降り立ったひなたは絶句していた。
「想像超えてます。無人駅とは聞いていたけど、これほど何もないとは……」
普通の駅にあるべきものが何もない。駅前広場がない。駅前商店街がない。何しろ駅舎そのものがない。ホームに向かう階段と柱が四本あるだけ。改札もない。階段を登れば目の前にホーム。かろうじて駅らしいのは柱のホーム側に貼ってある時刻表のみ。以前は凱旋門風の白亜のアーチが三つついていたのだが、老朽化が激しく撤去されてしまったので今は柱が残るのみとなっている。駅の前には自販機がぽつねんと一台あるばかりでその隣には申し訳程度の掲示板がある。駅前広場はないに等しくクルマが一台ようやっと駐車できるスペースがあるのみ。商店街はおろか店すら一軒もなく、駅前の道の眼前は民家のブロック塀が伸びている。その先には賃貸アパートが一軒あるだけで周囲はすべて畑で占められる。ホームは片側にしかなく、線路を挟んだ反対側には申し訳程度の住宅街があるだけ。あとはやはり果てしなく畑が広がる。アーチだった柱の中央に「ロズウェル」、その下に小さく「きみがはま駅」と書かれたボードが掲げられている。
「先輩~。これが駅だなんて信じられませ~ん。私の地元の駅も十分田舎ですけど、ここまでさびれてませんよぉ!」
「しょうがないよ。なにせ無人駅だし、一日の利用客数はここ十年来ずっと変わってなくて十人から十五人だもの」
「これじゃあ、銚電も危機感もって濡れ煎やまずい棒を売ろうとして躍起になるわけですよね~」
名物猫のきみちゃんが駅に住み着いていて駅長をしてくれていたのだが、二〇一六年の夏に亡くなってしまったので今はきみちゃんを偲んで小さなプレートが作られている。プレートにはクッションで気持ちよさそうに寝ているきみちゃんが描かれ、「ありがとう、きみちゃん」の文字が入っていた。
「ふえ~ん、きみちゃん死んじゃったんですね~。生きてる間に会いたかったですぅ」
しゃがんでプレートを眺めていたひなたのそばに、バンダナを巻いた若いシャム猫がすり寄ってきた。
「あれっ、きみはきみちゃんの生まれ変わりかな? 二代目きみちゃんになるつもりですか?」
ひなたが頭を撫でてやると猫はにゃあと鳴いた。
「バンダナを巻いてるってことは、どこかで飼われてる飼い猫かな」
ロックかっぱオヤジが目を細めながら言った。ロックかっぱオヤジが背中をなでてやるとシャム猫は喉をごろごろと鳴らした。
ひなたはそのシャム猫を抱き上げた。シャム猫は嫌がる様子もなく、妙に落ち着いてやってきた三人の顔をそれぞれ見回している。それはまるで亡くなったきみちゃんのあとをついでこの駅を守っているかのようでもあった。
「でも私、この駅好きです! 味があって」
そう言ってアーチの名残の柱のほうを振り返ったひなたは、ひゃっと小さな叫びをあげた。駅のホームの柱の陰から顔を半分覗かせている女がいた。ひなたの腕に抱かれていたシャム猫は驚いて、腕をすり抜けてどこかへ逃げてしまった。
いつの間にか階段の上にゴスロリ美人が立っていた。
「き、君は、さっきのUFO召喚イベントにもいたよな。どうやってここに? いつから居たんだ?」
矢継ぎ早の優一の質問を全く無視してゴスロリ美人は全く表情を変えずに押し黙ったままだった。ひなたや優一には目もくれずに、視線はまっすぐロックかっぱオヤジ、川端に注がれていた。川端はゴスロリ美人と目を合わせようとしなかった。気まずい沈黙が訪れた。
「博士、そろそろ帰ってきてくれませんか」
ゴスロリ美人の口から意外な言葉が飛び出した。
「この世界の暮らしはもう十分に堪能なさったでしょう?」
「悪いが戻る気はない。私はこの世界の暮らしが気に入ってるんだ」
「そういうわけには参りません。博士」
ひなたと優一は全く訳がわからなかった。小声でひなたが優一に尋ねる。
「先輩、どうなってるんですか?」
「知るか、そんなもん。そもそも、どういう関係なんだ?」
対峙するゴスロリ美人とロックかっぱオヤジの間でオロオロする二人…。
「私たちには時間がないんです。決断の時が迫っているんです。博士も実はお気づきになってらっしゃるんじゃありませんか? 彼等の動きを…」
博士と呼ばれた川端の表情が曇った。
「だが私には、もうそんな力はないんだ」
「博士があくまで拒否するおつもりなら、もう実力行使をする他はありません」
「実力行使とは何かね?」
「この地球人二人をアブダクトします!」
ひなたは頭の中がクエスチョンマークだらけになった。地球人って私と先輩のことを言ってるわけ? じゃああなたは何人なの?
「待ってくれ! 彼らは関係ないだろう!」
突然日が陰った。さっきまで雲一つない夏の日差しだったはずなのにとひなたは上空を見上げた。そして驚愕の表情を浮かべたまま固まった。
ロズウェル駅の頭上二〇メートルに巨大なアダムスキー型のUFOが忽然と出現していた。その巨大なUFOの下部から一条の強い光が射してきた。ひなたと優一はその光に包まれた瞬間に意識を失った。
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