第四十八話 音の完成形。

 冴月が大会スタッフに軽く手を挙げると、小さな太陽が沈んで、鋭い雰囲気の夜になる。

 それか気がついた観客はさっきまでしていた楽しそうなおしゃべりをやめて座り直す。

 曲はリードギターのリフから始まる。

 相変わらず頭は働かないけど、右手をブリッジの上に置いた瞬間に、さっきまでの震えは嘘のように止まり、何も考えなくても手が動くんだろうと思った。

 これは直感や憶測のようなものではなかった。もっと確実な、もはや事実と言えるような、堅いものだった。

 始めの波が静止したものたちを穿った時。

 それは初めて感じられたものだったが、以前から当然のごとく知っていたかのようにも思えた。

「今日がこの曲の完成形なんだな」

 そこから曲が終わるまでの時間、約四分間はどんどん感覚が加速されていつの間にか全身に汗をかいて肩で呼吸をしていた。

 観客席で拍手が鳴っている間、他の三人の顔を見た。誰かが声を掛けた訳ではないが、みんなお互いを見ていた。表情は三者三様で、みんなの顔を見た僕は、確かな手応えを抱いてなんだかホッとしたし、満足だった。

 片付けを終えてステージを降りた後、昂った気持ちを落ち着けるために一度会場の外に出ることにした。

 三人で重たい防音扉を開けて空調の効いたロビーに出た。

 涼しい空気に触れて体から熱が抜けていくのと同時に興奮が収まっていき、終わった時に感じた達成感がじんわりと残っている。

 しばらくの間、四人とも何も言わないままの静かな時間が過ぎていたが、冴月が口を開いた。

「楽しすぎてボーッとしてた、ヤバすぎ。」

「まあ確かに、始める前から打ち上げの事考えてる人とは思えないかもね」

「あれは紬の緊張をほぐしてやろうという、私の心遣いなわけ。そんな事もわからんか」

 冴月に関しては普段から食い意地が張っているため本当にリラックスさせる為にしたことかどうかはわからないが、どちらにせよそのおかげで余計に力まなくて済んだ。

「そういえば凛音、終わった時またイケメン爽やかスマイルで、私ちょいムカついたわ」

「えー、なんで僕は絡まれてるの。理不尽」

 いつもの冴月と凛音のやりとりで自然と頬が緩んだ。

 

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