第四十七話 高校生最後の夏。

 気がつけば、多くの人が僕らのことを見ていた。

 晴れた日の近くて大きい太陽から注ぐ光のようにジリジリといした暑さを感じる。客席に座っている人の小さな声が微かに聞こえて、セピア色の世界で自分の様子をどこか体の外からぼんやりと見ているような感じを覚えた。

「ーーできる」

 僕の隣で冴月が僕に向かって何か言っている。

「ねえ、紬、もう音出しいけるんかって聞いてんの」

「あ、うん。いける」

 少し語気の強まった冴月の声で、さっきまで揺蕩たゆたっていた意識が一気に引き戻され、視界が様々な色で満たされていった。それと同時に音がはっきり聞こえるようになり、激しい脈動に耳を占領される。ここまで失敗するのが怖いと感じるのはいつぶりだろう。

「オッケーじゃあ音のバランス確認しよう。音出してー」

 冴月が音量を確認して全体の調整をする。

 手が冷たい、いつもよりも動きが悪い気がしてくる。何度も何度も繰り返して覚えたはずのリフがどんなものだったか思い出せない。自覚できるほど浅い呼吸を繰り返してる。

 この演奏で、この一回で、このステージで、最後だ。このライブが終われば高校での生き甲斐だった部活も終わり。高校生でいるうちにこの四人で同じステージに立つことはないかもしれない。だというのに、正直不安しかない。怖い。いくら深呼吸しても苦しいし、汗はかいているのに寒く感じる。

「よし、いいね。いつも通りみんないい音づくりしてるわ。じゃあがんばろー」

 もうあとは始めるだけという状態になってから冴月がこちらへ歩いてきて耳元で囁いた。

「これ終わったらさ、みんなで打ち上げどこ行くか考えてたんだけど、やっぱり焼肉かな」

「……あー、まあいいんじゃない」

 なんだか気が抜けてしまった。こいつはこれから本番だというのにもう打ち上げの食べ物のことで頭がいっぱいらしい。隣でこんな奴がバンドのリーダーをやってるんだ。失敗にビクビクしててもしょうがない。

 あいも変わらずては冷たいし震えるし、自分のパートには不安しかないけど、まあいいか。

「よし、頑張ろうかな」

 僕は自分にそう話しかけて、使い慣れたギターのネックをしっかりと握り直した。

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