11:告白

 

 彩那の視線の先には、丘の麓に広がる俺達が住む街の夜景があった。


 百万ドルとは言えないが、綺麗であることは確かだ。


「ここ、覚えていてくれたんだね」


 顔を前に向けたまま彩那が声を出す。


「中学の時以来だよ。あのフェンス、いい加減直せよな」


 俺は彩那の隣に腰掛けた。


「三組の柿本がここを見付けたんだよね。で、ここで告白すれば必ず上手くいくってジンクスが流行った」

「そうそう、馬鹿らしいよなあ。こんなところに一緒に来るほどの仲なら付き合うっつーの」

「あはは……そうだよね。で、それを鵜呑みにした女子達がみんなこぞって涼真君をここに誘ったんだよね」

「途中からは、行く前に断ってたけどな。わざわざここまで来て、結局フッて泣かれて、ってなるからわりに合わない」


 俺と彩那は目を合わさずに思い出話を続けた。


 だけど、その為に俺をここに呼び出したわけじゃないのだろうな。


「最近、地道さんと仲が良いよね」

「……ああ」


 まあ、バレるとは思っていた。学校では瑠璃子とはほぼ会話もしないし、目も合わさない。だから、傍から見れば、俺と瑠璃子が実は組んでライブに出る準備をしているなんて気付くわけがない。


 おそらく美佳のおかげだと思うが、坂井達も俺と瑠璃子がカラオケにいたことを言いふらすことはなかった。というか興味を既に無くしていたのかもしれない。


 だから、彩那が俺と瑠璃子の関係に気付けるわけがないと、思うと同時にだからこそ、彼女なら気付くと思っていた。


 彩那はリーダー気質で、良く周りを見ていた。見過ぎて、自分よりも相手を尊重してしまうほどだ。


「地道さん、なんか急に垢抜けたもん。表情が明るいというかさ。きっと、何か良い事があったんだなあって。直接彼女と話したわけじゃないけど、タイミングで分かるよ。きっと――涼真君が何かしたんだって」

「……正解だよ」


 それから、俺はかいつまんで瑠璃子とのこと、ライブイベントに出ることを話した。


「なるほどなあ。なんだか、羨ましいや」


 そう呟いた、彩那の顔に浮かんでいる表情を、なんて表現したらいいか俺には分からない。


「なんかさ、私、毎日がつまんなくてさ。みんなには羨ましがられるけど、退屈だよ。勉強して良い点取って褒められて。バスケ頑張ってみんなから期待されて。毎週誰かしらから告白されて、断って」


 彩那もまた俺と同じだった。

 ルックスも、頭脳も、運動能力も、人柄も、異性からの人気も。全てが高水準であるがゆえの退屈。


「涼真君は、唯一私と同じ気持ちの人だって思ってた。だからいつか、きっと涼真君と一緒になると思ってた」

「……そうだな」


 そういう未来はあったかもしれない。なかったかもしれない。


「でも、今は違う。涼真君、毎日楽しそうだもん。ズルいよ」


 彩那がまっすぐ前を――夜の闇を見つめたまま、子供みたいな口調でそう言った。


「私を置いていかないでよ」

「……ごめん」


 そう言うしかなかった。美佳と違って、彩那はあからさまな好意を俺に見せたことはなかった。だからこそ、親しい関係でいられた気がする。


 だけど、それに甘えていたのかもしれない。


「謝らないで……余計に惨めになる。悪いのは、勝手を言っているのは、私なんだから。涼真君は、何も悪くない」

「だけど……謝りたい。この先にある、彩那に対する返答についても、先に謝っておく」

「……先回りして謝るのは、最低だよ」

「……すまん」

「ま、分かるよ。逆の立場だったら、私だって気付く。でもさ、言わせてよ」


 彩那が立ち上がった。そしてくるりと俺の方へと振り向いた。


 夜景をバックに立つ、彩那は綺麗だった。


「――好きだよ。ずっと好きだったよ、涼真君」


 俺はまっすぐにこちらを見る彩那を見つめ返した。


 もしも、たられば、イフストーリーをいくら考えたところで無駄だ。

 結局、俺は彩那と付き合わず、瑠璃子とその歌に出会ってしまった。


 そして恋をした。


 それが現実であり、それ以上でも以下でもない。


 だから。


「素直に嬉しいよ。でもごめん。俺、好きな人がいるんだ」

「うん。そうだと思った。はあ……なんか馬鹿馬鹿しいよね。全てにおいて勝っていると思ってた地道さんに負けるんだもん」


 その傲慢な物言いは彩那らしくないが、きっと本音なのだろう。


「だな。でも、一点だけ訂正させて欲しい」

「訂正?」

「ああ。確かにルックスも頭脳もそれ以外も彩那の方が上、かもしれない。だけどこれだけは言える。歌は、歌声だけは――瑠璃子のが上だよ」

「そっか。歌声か……悔しいなあ」


 彩那がその場にしゃがみ込み、顔を膝に埋めた。俺は、ただそれを見守る事しか出来なかった。


「行って。それとも、私が泣き止むまでバカみたいにそこで突っ立ってるつもり?」

「……それもそうだな」


 そう言って彩那を置いて斜面を登り、破れたフェンスの隙間から道路へと戻り、柵の無事な部分に背中を預けた。


 夜風と共に、彩那の嗚咽が聞こえてくる。


 それから俺は彩那が泣き止んで道路に戻ってくるまで、ずっとそこで待っていた。


 戻ってきた彩那に、俺は暗くて危ないから一緒に帰ろうと提案したが、いつも通り肩を叩かれ、そのまま彼女は無言のままひとりで丘を下っていった。


 少し離れた位置からその後ろをついていく。


 会話も何もない。だけど、きっと明日には彩那はいつも通りの彼女に戻るのだろう。


 その背を追いながら、なぜだか俺は無性に、瑠璃子に会いたくなった。

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