04:オーバーフロー

「実は薄々気付いてたけど、涼真って一週回ってバカだよね」


 昼休み。俺の悪友である南波なんばが、俺の席の前に座りつつ、開口一番そう俺に言い放った。


「定期考査で常に学年トップスリーに入る俺を捕まえてバカとはなんだ。俺がバカならお前はミジンコだろ」


 俺はそう返すものの、南波の銀縁眼鏡の奥に見える目は呆れて果てていた。南波は重度のアニメオタクだが、少し幼めで中性的なそのルックスだけを見れば、俺は悪くないと思っていた。本人は三次元に興味ないと豪語しているが、本気を出せばモテそうな気がする。


 それを言うと調子に乗るので決して口にはしないが。


「いきなり声を掛けるのはダメだから、と言われただけで、ビビり散らかして昼休みになってもまだ声を掛けられないとはね。バカ以外に形容する言葉を僕は思い付かないよ。女子と会話もしたことがない童貞野郎とでも言い換えようか?」

「いや、それはまあ……うーん」


 そう。俺は、結局未だ地道さんに声を掛けることができていなかった。

 いや、俺からすれば女子に話し掛けることなんて息をするが如く簡単なことだ。


 だが、朝、教室で地道さんを見付けた時、彼女は俺を見た途端に光の速さで目を逸らした。その後、彼女は俺の視界に入らないように巧みに動き、明らかに避けられていることが分かった。


 クソつまらん午前の授業の間もずっと考えていたが、なぜ地道さんが俺を避けるのかがイマイチ分からなかった。だったら、俺から話し掛ければ良いだけの話なんだが……なぜか俺はそれを躊躇っていた。


 というわけで、昼休みになって、南波にどうしたもんかと相談したのだ。


「ふ、女子から赤面もされずに目を逸らされたのは初めての経験だぜ……結構、心に来るねこれ」

「涼真さ、マジでそういうこと僕以外の前で言わない方がいいよ」


 南波がため息をつきつつ、何やらアニメのキャラが描かれた包装の中から焼きそばパンを出して、食べはじめた。


「何を躊躇ってるから知らないけど、さっさと話し掛けてきなよ。てか涼真さ、まさか地味子じみこに恋してるの? いや……あんな美女美少女だらけのグループの王が、そんなことあるわけないか……」

「は? 俺が恋なんてするわけないだろ。つーか、誰よ地味子――ああ、地道瑠璃子だから地味子か。くだらねえあだ名」

「……涼真、やっぱりなんかおかしい。昨日まで地味子……そう睨むなって、地道さんな、そう、その地道さんなんて存在すら認識してなかっでしょ」

「彩那もおんなじ事言ってたが、お前らは俺をなんだと思ってるんだ?」


 そりゃあちゃんと話したことはないが、存在ぐらいは知っているぞ。


「……陽キャの王、リア充の権化。雑に言えばオタクの敵だね」

「敵認定かよ」


 何もしてませんけど!?


「オタクはそういう生き物なんだって。ま、とにかく涼真にしては珍しく考え過ぎだね。ほれ、昼休み終わる前に話して来なよ。そして玉砕しろ爆発しろ。そっちのが僕は楽しい」


 そう言って南波はニコリと笑ったのだった。こいつが女子であればドキリとする表情だが、俺には性悪な悪魔の笑みにしか見えない。


「オーケイ、分かったよ。行ってくる」


 俺は立ち上がって、さっき教室から出て行った地道さんの後を追うことにした。


「健闘を祈るよ、南~無~」


 南波がにやにや笑いながら胸の前で手を使って十字を切って合掌した。どこの宗教だそれ。



☆☆☆



 昼休み特有のざわめきと狂騒の中、廊下を進んでいく。地道さんは一人で出て行ったので、おそらくトイレか、自販機に飲み物を買いに行ったかのどちらかだろう。


 俺はトイレとその近くの階段にある自販機へと向かう。


「御堂、今度、藤江女子高のやつらと合コンするし来てくれね?」

「あー、また今度な」

「あ、涼真! 今日の放課後みんなでカラオケ行かない!? 軽音部の坂井君が誘ってくれてさ。美佳も来るって」

「今日はちと忙しいわ」

「涼ちゃん、来月ライブイベントあるしまた助っ人として来てよ。涼ちゃんの入る曲をセットリストに入れるとチケットが露骨に売れるんよ」

「考えとく」


 色んなやつらと会話をこなしながら、俺は階段の踊り場に辿り着いた。予想通り、地道さんが一人、自販機の前に立っていた。どれを買うかを何やら迷っている様子だ。


 俺はその小さな背中を見つつ、深呼吸する。何も恐れることはない。


 俺は――無敵だ。


「そのレモンのやつ、美味しいしオススメだよ」


 俺はそう言って、地道さんの横に立った。

 同時に地道さんが、ビクリと反応する。


「あ、え、あ……」

 

 アワアワしている、という言葉がよく似合うほど狼狽える地道さんに、俺は飛びっきりのスマイルを向けた。


「あ、えっと……あ……じゃあそれにしようかな!!」


 目を泳がせながら地道さんが、レモンの絵がプリントされたパックのジュースを買おうとボタンを押したので、俺は素早く自販機にスマホをかざした。


 ピン、という音と同時に、ジュースが取り口に落ちる音が響く。


 俺は取り口からそれを出すと、地道さんに手渡した。


「はい、初回限定、御堂君の奢りジュース。十年後にはプレミアが付くともっぱらの噂」

「え、あ、お、お金払う!」


 ごそごそと小銭を出そうとする地道さんに俺は首を横に振って、同じジュースをもう一本購入する。


「いいよ。これはお礼だから」

「へ? お、お礼?」


 俺はストローを差すと、ジュースを飲み始めた。うん、やっぱりこいつが一番美味いな。


「そ。昨日、良い歌を聞かせてくれたお礼」

「っっ!! き、聞いてたの!? なんで!?」


 黒縁眼鏡の奥で、地道さんの目が見開かれた。


「ごめん、盗み聞きしてたわけじゃないんだ」

「あれは! その! わ、忘れて!!」


 地道さんの顔が真っ赤になっていく。


「なんで? 凄く良い歌だったよ! あれ、地道さんのオリジナル曲? 練習してたんだよね? 俺、昨日からずっとあの曲が頭から離れなくてさ、もっかい聞きたいなあって」


 俺は、自分が興奮気味に地道さんに向かってまくし立てていることに気付かなかった。そしてそれはいとも簡単に彼女のキャパシティを超える内容だった。


 結果。


「しんどい……無理……」


 地道さんは貧血を起こし、俺の目の前で倒れたのだった。

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