03:サクラ・ダンク

 

 翌日。

 桜が散って、すっかり葉桜になった並木道の下を歩き、私立桜香高校の校舎へと向かう。名前の通り、アホみたいな数の桜が学校の至る所に植えられており、桜のシーズンになると毎年全国から写真家やテレビ局がやってくるほどだ。


 だが葉桜になってしまえば、それはもはやただの木だ。毛虫も多いので生徒的にはさほど嬉しくはない。


 頭上から降ってくる毛虫を警戒する生徒達を見ながら、俺が歩いていると、


「涼真おはよっ!」


 後ろから潑剌はつらつとした声が掛かる。

 振り返るまでもなく、その声の主――クラスメイトである深江ふかえ彩那あやなが俺の横に並び、笑顔向けてきた。


「おはよう、彩那。今日も無駄に朝から元気だな」


 長めの黒髪をポニーテールにして、スカートの下にはジャージを穿いている彩那がバシンと俺の肩を叩く。流石バスケ部のエースだけあって、中々の力強さだ。出来れば、俺の肩ではなくボールを叩いて欲しい。ちなみにポジションがセンターだからと言って、メスゴリと呼ぶと怒るので気を付けよう。俺は思いっきりビンタされた。


「なんか今日は元気ないじゃん!」

「寝不足でな」

「珍しっ! 人間は八時間睡眠を取らないと最高のパフォーマンスを発揮できないっていつも言ってる癖に」

「言ったっけそんなこと」

「うん」


 俺、適当なこと言い過ぎじゃないか? 改めないとな……。


「じゃ、また後でね!」


 そのまま、ターボキノコでも食ったのか? って勢いで走り去ろうとする彩那に俺は慌てて声を掛けた。


「あ、彩那!」

「なに?」

「あのさ彩那って、同じクラスのじ、地道さんと仲良かったっけ!?」


  声が少し上ずったのを、噛んだ振りをして誤魔化す。だが、彩那はまるで豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしていた。


「……涼真君、地道さんのこと知っているんだ」

「は? 同じクラスだから知ってるに決まってるだろ」

「いやだって……涼真君ってあの子達のグループとかと全然関わらないし」

「そりゃ、確かに話したことはないけども」

「〝女は全員友達〟って豪語するキャプテン涼真君が自分から話しかけないから、嫌っているのかなあって」

「はあ!?」


 いや確かに、地道さんとその周囲にいる女子グループと会話をした記憶はない。むしろ向こうがこっちを嫌っている節がある。地道さん達のグループは所謂オタク女子の集まりで、推しだの受けだの攻めだのよく分からない話をしていた。


 俺自身はオタク系の趣味はないので詳しくはないが、うちのクラスのオタク男子グループは、親友の南波なんばが所属しているので仲はそれなりに良い。


 つまり、これまで気付かなかったが、地道さん達のグループは俺にとっては唯一のアンタッチャブルだったのだ。

 

「特に嫌っているつもりもなかったが」

「はあ……涼真君って素直に凄い人だと思っているし、尊敬もしているけど……どこか抜けているよね。ま、そこも素敵なんだけどね」

「なんか悪口を言われている気がするが?」


 俺がそう言うも、彩那は笑みを浮かべて、俺の肩をまたバシンと叩いた。


「とにかく話を戻すけど、あたしは正直、地道さん達と特に仲が良いわけでも悪いわけでもないかな。やっぱりグループ違うし、あたしオタク系良く分かんないし」

「だよな」


 彩那や美佳は、学年トップクラスのルックスを持っているだけあり、いわゆる陽キャ、リア充グループに所属している。なぜか俺がそのグループのリーダーポジにされているが、実質的には彩那が中心になっている。


「……で、地道さんに、あの涼真君が何の用?」


 笑みを浮かべたままだが、目は笑っていない。女子ってなんでこういう表情だけやたらと作るの上手いんだろうか。


「昨日、偶然会ってさ。その時のお礼? をしたいんだ」

「……ふーん。偶然……それにお礼、ねえ。ま、それだったら直接声を掛ければ良いんじゃない? でもいきなりはダメよ? 涼真君が急に声かけたらきっとびっくりするから。じゃ、あたし部室寄るから、またね」


 今度こそ、彩那が部室棟のある方へと走り去っていった。揺れるポニーテールを見つめながら、俺はさてどうしようかと悩んでいた。


「直接、声を掛ければいいけど、いきなりはダメ……つまりどういうことだよ」


 俺の疑問に、答えてくれるやつは誰もいなかった。

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