書かなくちゃ

 オレが十五歳になった頃の事。プチは年老いてじっと眠っている事が多くなっていたが、何と二匹の子狼を産んだ。オレは初めて生き物が出産する所を見た。プチは苦しそうで見ているのが辛かった。でも赤ちゃんが産まれた時、プチはその子をペロペロ舐めて、とっても愛おしそうな顔をしていた。赤ちゃんはちょっと握ったらつぶれてしまいそうな位本当に小さかった。こんなに小さな生き物が必死に生きようとしている姿に心を打たれた。

 しばらくは目も開いてなかったけれど、目を開けた時、一匹はプチと同じ青い目をしていた。いつだったか、こんな綺麗な月を見た事があった。オレは勝手に彼女をルナと名付けた。月の女神って意味があるんだ。

 もう一匹は男の子。目と鼻が真っ黒でツヤツヤしている。そいつにはクロマルと名付けた。


 いつ、どうやって、この噂話が島を出ていったのだろう。

 ある日、五人の悪党グループがこの島にやってきた。目的は白いオオカミを捕獲する事。もしも青い目のオオカミを捕獲出来れば大金持ちになれる事は間違えない。


 何の前触れも無かった。

「ウーッ」

 プチが低い唸り声を上げた。ついさっきまでの穏やかな空気が、突然凍りついた。

 今迄見た事のないような黒くて大きい凶暴な犬がオレ達のテリトリーに入ってきていた。その時、そこにいたのはプチとオレとルナとクロマルだけだった。

 プチが黒い犬に向かって少しずつ前進する。全身の毛が逆立ち、青い目の色がこれまで見た事がない位濃くなっている。黒い犬は少しづつ後退し、その間合いは変わらない。オレはその場で凍り付き、身動きする事も出来ずに、プチと黒い犬を凝視していた。


 突然、人間の2本の腕がオレの隣にいた小さなルナをつかみとり、走り去る。

「キャン!」

 ルナの声が森に響いた。

 助けなきゃ! オレの心の声に、身体が上手く反応してくれない。動け! 動け! ドクンドクンと聞こえる心臓の音、周りの動きはスローモーションのように見える。男が、ルナが、どんどん遠ざかっていく。ようやく身体が反応し、逃げる男に迫り、飛びかかろうとした時だ。

「ドーン!!」

 けたたましい音と共に身体中に電撃が走った。同時にプチがオレの頭上を越えていくのが見えた。

「ドーン!!」

 再び響いたその恐ろしい音と共にプチの描いていた軌道が変わった。見た事のない色の血しぶきが上がり、プチは地面に落下した。

 赤という色をオレは知らないけれど、それは赤という色に違いないと思う。ルナを抱えた男も倒れた。

「逃げなさい」

 最後の力を振り絞ったプチの声が聞こえた。その先にはプルプルと震えているルナの姿があった。

「クーン!」

何とも言えない哀れな声を一声だけ残してルナは走った。オレは地面に横たわりながら、ルナがクロマルと一緒に逃げていく姿を確認した。オレはそこで気を失った。


 目が覚めた時、そこは森の中ではなかった。固い冷んやりとした大きな箱の中。母さんの顔がそばにあった。ここはどこだ? 足がズキンと痛んだ。オレは病院に担ぎ込まれていた。ルナ達を助けなきゃ! そう思った。母さんに、家族に、みんなに早く伝えないと、ルナは殺されてしまう! オオカミがみんな殺されてしまう! どうやって伝えたらいいんだ? 言葉、出ろ! オレの口、喋れ! いくらそう思ってもやっぱり言葉は口から何も出てこない。

 その時、母さんがスケッチブックとクレヨンをオレの前に差し出した。少しだけ書けるようになった文字をまず書いた。

「プチ、ルナ」

 そして、オレが気を失う前に最後に見た光景を絵に描いた。クレヨンの中にプチの身体から噴き出た血と同じ色の物があった。描きながらオレは思った。

「早く書かなくちゃ。信じてもらえないかもしれないけれど。信じてほしい。これはオレにしか出来ない事。ちゃんとなんて書けないけれど、伝えなきゃ。白いオオカミを守る為に。急がなくちゃ」

 そこに一本の鉛筆が転がっているのが目に入った。オレはその鉛筆を手に取ると、スケッチブックに文字を書き出した。無我夢中だった。頭の中にある絵が言葉となり、文字となって溢れ出た。こうしてオレはここに青い目のオオカミの物語を書き記していった。


 オレの大切な大切な友達。どうかどうか白いオオカミ達をそっとしておいて下さい。これは大神森おおかみのもりの話。

 

 こうして一つの物語が誕生した。



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