新しい世界

 ある日の事。

 部屋に誰もいなくなった事を見届けたプチの目の色がいつも以上に濃い青に変わった。いつもより高くジャンプし、サークルを越えたかと思うと、そのままオレに突進してきた。オレは乳母車毎倒され、頭を打って気を失ってしまった。


 どれ位、気を失っていたのかは分からない。顔をペロペロ舐められる感触を感じながら、オレは目を覚ました。

「え?」

 澄んだ青みがかった目と白い塊の奥にも色んな物が見えた。薄い青や濃い青、冷たい青や暖かい青、色んな青の世界が広がっていた。青い世界の中でもプチの目の青だけは他とは違っていた。

「え?」

 それまで動かす事が出来なかった自分の首が動く。何なんだ⁉︎ これは⁉︎

 世界が変わった。プチ以外の物が沢山ある。色んな音がする。目から耳から、色んな物が飛び込んできて火が出そうだ。助けてくれ! 叫びたかったが声は出ない。身体が爆発しそうになって、オレは再び気を失った。


 オレは一ヶ月程入院したらしい。生まれた時からお世話になってる病院で様々な検査を受けた。謎だらけで先生も困り果てていたが、どうやら頭を強く打った事で、失われていた機能が目覚めたのではないか、という事だった。

 オレは、言葉はまるで解らなかったし、何も理解出来なかったが、見える事と聞こえる事は身体が受け入れてくれるようになり、それまで全く動かなかった身体が少し動くようになっていた。首を動かし、手足をバタつかせる事が出来た。そして病院から家に戻る事が出来た。

 プチはいなかった。オレが気を失って救急車で運ばれた時、家族はプチにまで気が回らず、家から脱走してどこかへ行ってしまっていた。


 退院した次の日、オレは乳母車に乗せられ、兄貴が庭を散歩してくれている時だった。青い目の気配がした。首を動かすと遠くにプチがいてこっちを見ていた。身体はかなり大きくなっていたが間違いなくプチだ。オレは思い切り手足をバタつかせ、兄貴に伝えようとした。兄貴がプチの方に目を向けた時、もうそこにプチはいなかった。

 プチに会いたかった。またプチと一緒に暮らしたい。その気持ちは抑えられず、だけど、それを伝える事は出来ない。プチ、プチ、頭の中はそれだけだった。言葉を理解する事や声を出す事はまるで出来なかったけれど、オレの身体は少しずつ大きくなり、少しずつ動かせるようになっていった。寝返りを打ったりハイハイをしたり普通は一歳迄に出来るようになる事が、三歳を過ぎて出来るようになり、庭を遊び場にするようになった。


 プチが時々遊びに来てくれるようになった。庭でプチとじゃれ合っているうちに、オレの運動能力は上がり、四歳になる頃には普通の四歳児と同じ位の運動が出来るようになっていた。プチはいつの間にか可愛い仔犬ではなく、大人の大きな白い犬になっていた。

 オレの両親はオオカミのような犬との戯れを心配していたようだが、オレがこんな風に元気に生きている事を喜び、他には何も求めなかったようだ。

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