21、チェルシー&ターニャのラブラブ大作戦


 ◇


「チェルシー、ターニャ。これは一体どういうつもりなんだ」


 オーランドは馬車の向かいに座る妹二人に半眼になる。

 お兄さま、暇でしょ? と有無を言わさず屋敷から引っ張り出され、どこに行くのかと思えば「うふふふ、内緒!」だそうだ。オーランドは溜息をつく。


 伯爵邸からしばらく走り、田舎道に入ってもピンとこない。


 とある家の前で馬車は止まり、オーランドは一体誰の家だ? と疑問符を浮かべた。


 一般家庭にしてはじゅうぶんな広さと手入れが施された庭は、たくさんの花やハーブで彩られていた。ラベンダーにミント……くらいはオーランドにもわかる。白壁の家の窓ガラスの向こう側には縛って吊るしてあるドライハーブの束も見えた。

 まさかと思うがここは……。


「わーっ、すごい。さすがリコリス先生のおうち……」

「まるでハーブ屋敷ね。とってもいい匂いだわ」

 

 やっぱりか、とオーランドはこめかみを揉む。


「お前たち、一体どうして俺をここに連れて来たんだ?」


 休日に自宅にいきなり押し掛けるなど、迷惑以外の何物でもないだろう。

 すると、チェルシーがしたり顔で「んんっ」と咳払いした。


「お兄さま。わたし、お兄さまには幸せになって頂きたいと思っているんです」


「はあ?」


「いつもなら手の速いお兄さまが、真面目で奥手そうなリコリス先生相手に攻めあぐねる気持ちはよくわかります。ですから、わたしとターニャがリコリス先生を誘い出して参ります。まずは四人でお出かけして、良い雰囲気になったらわたしたちはどこかへ引っ込みますわ」


「これはチェルシーお姉さまと二人で考えた、『ピクニック大作戦』です! お花が綺麗な公園もリサーチ済みですわっ」


 したり顔で胸を張る妹二人に呆れかえった。


「馬鹿馬鹿しい……何を言い出すかと思えば……」


 デート一つしたことのないような初心な青年ならともかく、浮名を流しまくってきたオーランドである。八歳のターニャはともかく、十二歳のチェルシーであればわかることだろう。


 そもそも、どうしてオーランドがリコリスに惹かれていると思っているのか。


「お兄さま、うかうかしているとグレッグ様にリコリス先生を奪われてしまいますわよ!」


(……グレッグのせいだな)


 あいつが訪ねてきたりなどするからややこしいことになったんだ。

 妹二人は盗み見するか聞くなりしていたのだろう。夢見る乙女のように両手を組み合わせ、キラキラとした眼差しで虚空を見つめる。


「身分違いの恋、ライバルは親しい友人、ああっ、なんて素敵なの! まるでこの間読んだロマンス小説みたい!」

「お兄さまがリコリス先生をいじめていたのも、いじわるして気を引きたかったんですのね!」

「もうっ、もうっ、お兄さまったら! わたしとターニャはお兄さまの味方ですからねっ!」

「応援してますわ!」


 キャーッと盛り上がる妹二人に呆れかえるが……。

 しかし、近年は妹二人を構ってやることもなく、特に姉のチェルシーの方はオーランドへの接し方に戸惑っている様子もあった。その溝が埋められたのならいいかと、オーランドは溜息ひとつで許容した。


 それに――チェルシーたちのいう『ピクニック作戦』は悪くない気もする。


 あの生意気な娘が何をすれば喜んでくれるのかわからないが、少なくとも花のある所に連れて行けば喜んでくれるだろう。


「……まあ、いい。ここまで来たのなら御父上に挨拶もする」

「えっ……、娘さんをくださいと……?」

「馬鹿か。お前たちが世話になっているからだ」


 呼び鈴を鳴らす。

 てっきり家政婦かリコリス本人が出てくると思っていたので、驚いた顔の中年男性――リコリスの父親であるワイアット教授が出てきたのは面食らってしまった。


「……お休み中のところを失礼致します。私はオーランド・スペンサー。こちらは妹のチェルシーとターニャです。ご息女には大変お世話になっております」


 妹二人はちょこんと膝を折ってお辞儀をする。


「これはこれはオーランド様……! リコリスが大変お世話になっております。伯爵夫妻にも良くしていただいていると伺っております。……そのう、もしや、リコリスに用がおありでしょうか?」

「……ああ、いえ。その、近くを通りかかったもので、妹たちが顔を見に行きたいと。突然の訪問ですし、都合が悪ければこれで失礼させていただきますので」


 迷惑になってはいけないと引き下がろうとしたオーランドだが、ワイアット教授は「実は」と困惑気味に口を開いた。


「ちょうど一時間ほど前でしょうか……。オーランド様のご友人の、グレッグ様とおっしゃる方が訪ねてきて……、リコリスは一緒に街へ向かったのです」

「……グレッグが」


 オーランドは動揺を態度に出さないように、平坦な口調を心掛けた。


「ええ。ですので、もしかしたら街にいるかもしれません」

「ありがとうございます。では我々も街を覗いてみることにします」

「行き違いになってしまったようで、申し訳ありません」


 オーランドが街に行くと言ったので、ワイアット教授は少しほっとしているように見えた。娘がこれまで名前も聞いたことのないであろう男と二人で会っていると聞けば心配に違いない。


 エトランジェではうまく男をあしらってきたリコリスだが、バイオレットの正体を疑っているような素振りを見せていたグレッグ相手だ。気にかかる。


 馬車に戻り、御者に街に向かってくれと頼むと、妹二人はにや~っと笑った。


「お兄さまったら、やっぱりリコリス先生のことが気になるのね」

「まさか、グレッグ様もリコリス先生を誘いに来ているなんて!」

「出し抜かれてしまったようね、悔しいわ!」

「ええ、一歩遅かったですわ!」


「…………」

 勝手にやってろ、と溜息をつく。


 この件に関して妙にしつこいグレッグが何を考えているのか気にかかった。


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