第8話


 今日もいい天気だわ。

 「おはようリーサさん」

 「おはようヒロキ」


 女魔法使いリーサさんはリンドーンの町に残って冒険者を続けるみたいで、冒険者ギルドの近くに宿をとっている。

 

 もちろんストーカーのように毎日会いたいので[探知のスクロール]で探知[極]を取得した。

 今朝の出会いも必然なのだよ。


 現代日本…… といわずSNSが発達した世界では

 「じゃあ」

 「ああ、またな」

 で次に出会える事ができる。距離とか難しい場合は省(はぶ)く。


 この異世界では通信の発達はまだまだで、この世界版のグラハムベルは産まれてもいない。体は子供、心はオッサンなのですよ、女性と毎日会える活力が私には必要なのだ──────── あー、美人だなぁフンスフンス。


 金払うから一緒に住めないかなぁ……


 そんな俗物思考をもちながら冒険者ギルドに入ると何やらザワザワと…… なんだなんだ?やたらうるさいな?


 「王国騎士団の副長官だ」

 「あれが…… まるでドワーフじゃねぇか」

 「あの筋肉の理由を知らんのか、王国騎士団の副長官の獲物は大槌(ハンマー)でその豪腕で敵対する兵の馬ごと潰すらしいぜぇ」

 他の冒険者の話に聞き耳を立てると、どうやら騎士団の偉いさんが来ているみたいだ。


 しかし…… うっわ、うっわ、グッロなんだあの筋肉の塊は?

 リンドーン冒険者ギルドの受付前に、まるでデフォルメされた漫画絵のような贅肉じゃなく筋肉でズングリムックリ ドシンドシンな男?がいる


 白を基調とし銀の刺繍が入った、高そうな隊服を着ているが…… あれ?男だよね?胸筋が凄すぎてオッパイみたいになってるな。

 漆黒の髪は長く、ここから見ると顔が隠れて見えな…… ああ、男です!男でした!厳ついオッサンでした!


 ほげーっと見ているとギルド受付と何か話したのか、筋肉はギルド内のヤジ馬を見回して…… 俺と目を合わせるとニヤリと笑った。


 「ヒロキ、なんだか笑ってこっち見てない?」

 「いや、俺はホラ…… まだ低ランク冒険者でしかも子供だし…… リーサさんを見てるんじゃないかな? 」


 真顔で見つめ合い、お互いすすーっと離れてみる。


 あぁ、俺だ、俺を見てるわやだー…… おへ?こっちに近づいてきてない?あれ?リーサさんどこに?


 ギッギッギッギッ…… ニヤッ、パーン!


 何の音かって? 筋肉さんが木床を歩いて来て俺の前で笑い、肩を叩いた音だよ。

 なんだよ?痛いよ?ダメージきたよ。


 あまりに痛くて俺の顔が轢死(れきし)したカエルのように歪んでいるので分かったのか、筋肉さんは俺の肩を打った自分の手をじっと見て普通に話しだした。え?謝罪はないのかそうかー。


 「君がヒロキ君かね?私は…… 」

 「はい?おいどんはヒロキとちがいまんがな」

 「んん? 」

 筋肉騎士はギルド受付を見て目で俺がヒロキかと再確認している。

 キラーーーン! 今だ!シュッシュッ!


 俺は左手の指を擦って[隠密]を発動、すぐさま壁際まで逃げる。

 おーおーキョロキョロしとるわ!昔から筋肉バカキャラは単純だと相場が…… あれ、


 ギッギッギッギッ…… スッ、ギュッ!

 筋肉騎士さんキョロキョロ視線を動かしながら木床を歩くでござる、俺の前に来るでござる、なぜが見えてない風なのに俺の肩を掴むでござる!


 「え!? 」

 「ほほぅ…… 面白い術を使うな。ちょっと来てもらおう」

 「…… はい」

 これは筋肉バカでも直感で何でもしちゃう系のヤツや…… 今の俺のレベルじゃ対応でけへんわー…… と、あきらめてシュッシュッと[隠密]をOFFにしてショボーンと引っ張って行かれました。いや痛いっすよ。引きずらんといて下さいお願いします。

 

 え?逃げませんよ?どこに行くんです、え?騎士団のリンドーン支部?え?逮捕なん?



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


 子供の頃…… 正月に親父が親戚の集まりにビール3ケースの差し入れをして凄く喜ばれた事を思い出す。

 子供の自分は、それよりエビやお菓子や蟹の方がいいんじゃないの?と思ったが、大人になるとよく分かる。


 ただ酒より美味いものはない。

 タダで飲みきれない量の酒が転がり込むとテンションが上がる。


 そう、呑める人間には有効的な精神的賄賂なのだ。

 

 「ヒロキ君!これ最高! 」

 「ふぐふぐ、ふひひ」

 「ああ、皆さんまだ酒はストレージにありますよ!肴(さかな)もあるんでよかったら! 」


 この異世界では気付けの一杯とか昼夜春夏秋冬そこらでしている、飲んべぇだらけの世界では酒での接待は最強。


 ……なんでこんな事をしているか?それは筋肉騎士のロックマン副長官に捕捉された後の話。


 [隠密]のスキルは問答無用で一時隔離されるらしい。今考えるとそりゃそうだ。 

 人に見えない者を野放しにしている=犯罪しまくり天国になる。

 [隠密]スキルを持つ者が現れたら国に誓約を誓うか牢屋行きなんだそうだ。


 「え?違いますよ…… おん… みつなんて知りませんよ?」

 「いやヒロキ少年、それは通らんよ?」

 ロックマン副長官筋肉騎士はポリポリと頭を掻いて俺を睨む所からこのどんちゃん騒ぎの話は始まる。

 

 「壇蜜ならわかりますが…… 」

 「ダンミツとは? 」

 「いえ…… それよりあの…… トイレ行きたいんですが」


 幸いな事に俺の見た目がまだ子供だったのが幸いした。手錠・足枷がハマってなかった。

 「ふむ、少し休憩としよう。大か小か? 」

 「…… 大です」

 「なら15分の休憩とする。おい、ヒロキ少年がトイレに入ったら扉前で見張りをしろ」

 

 はい! とロックマン副長官筋肉騎士に敬礼をして看守騎士が俺をトイレへと促す。


 時間稼ぎ?そう!時間稼ぎ!


 トイレに向かう間に必死に言い訳出来るような技術習得のスクロールをストレージの検索で探す。

 出もしないけど便座に座り、賭けのようにストレージ検索からそれらしい名前のスクロールを取り出し急いで習得した。

 

 「!?おい!今の光と音はなんだ!? 」

 トイレ前の看守騎士がスクロール習得時に出る音と光に異変と気付きノックしながら叫ぶ。

 「あの、お尻の穴がキレて痔なんです…… 回復魔法を使いました」

 「あ、ああ…… そうかすまないな」

 「いえ、すみません」


 ちっくしょう……


 トイレ内で覚えたのは[影回避]。

 鑑定さんの説明では影に隠れて背後に回避するというスキルだった!俺って運がいい!

 この後は口八丁手八丁でロックマン副長官筋肉騎士の尋問を回避して消えたのは[影回避]ですよーやだー。と実演したりしていると夕方に。


 冷やの酒をロックマン副長官筋肉騎士が退出している時に取り出して…… という具合。


 見張りが酒飲みで良かったよ。

 「これは!幻の銘酒…… の、飲んでも良いのか!? 」

 ニヤリコクリと俺がうなずく前に一口、喉を潤していたよ。やったね。


 こうして、俺は難を逃れたと勝手に満足していた。


 さらなる難は翌朝に訪れるのだが…… この時の俺は早く逃げようという意識は薄れて『あれ?ストレージ内に酒があるなら宿屋の部屋でこっそり飲んでたら良かったんじゃない?』と気付き精神に余裕がなくなっていた。

 

 

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