第22話 相応しい男じゃない

 1日の休みを利用して彼ら、インビジブルナイツは自分達が携える武器を強化するために、アストリアの鍛冶屋”ウェポンマスターズ”に向かった。

 ここから先は3次予選。結局、予選リーグ2次予選突破を果たしたのは25名だけというすさまじい大会となった。

 初期に登録をしていたパーティーや選手は100組程いたが、2次予選突破を果たしたのは25名だけ。それだけ闘技場コロシアムで戦いをくぐり抜けていくのは並大抵のことではない。

 さて、アストリア鍛冶屋がひしめくこの区画は、通称『勇猛のエリア』という愛称がつけられている。勇猛果敢な剣闘士がいるイメージで作られたこのエリアは鍛冶屋、武器屋、装具屋などが軒を連ねる。

 程なく”ウェポンマスターズ”に到着した彼らはネイトと親戚の叔父のドレイクに会った。


「よう!ミオン!2次予選突破を果たしたって?絶好調じゃねえか?」

「まあね!お父ちゃんに武器の強化を頼んで正解だったよ!」

「今日は闘技場コロシアムは休みだな。武器の強化をするか?」

「それを頼みにきたよ」

「よっしゃあ、任せろ!それでまずは誰の武器を強化する?」

「じゃあ…僕の武器、お願いできますかね?」


 珍しく一番手に名乗りをあげたテオ。3次予選に向けて新しい武器の調達を考えていたというのだ。


「新しい武器?工房で作れるものだよな?」

「勿論ですよ。実は次の3次予選はもしかしたら、風属性も必要なんじゃないかと思って」

「やはり、テオ君もそう思っていたか」

「レム。どういう意味だ?それは?」


 そこで彼は2次予選突破を果たした時にもらえた装飾品の話をする。シルバーピアス、トルマリンの指輪、薔薇のコサージュ、そして妖精のピアスが景品だったことを。

 特に妖精のピアスは土属性ダメージ半減と風属性ダメージ2倍という珍しい効果の装飾品。何気なく渡したとは考えにくい。もしかしたら3次予選は土属性に関する魔物が出るなら、その妖精のピアスで予選を突破の足掛かりにしてみろという意味では?

 しかし、今のパーティーには風属性を効果的に使えるメンバーはレンドールくらいしかいない。テオとミオンは武器の属性頼みだし、だから鍛冶屋に来たのだ。


「なるほどね。確かにパーティーで風属性を効果的に使えるのは魔法騎士マジックナイトのレムくらいだ。ミオンもテオもアネットもそれに対する対策を立てないとな」

「そうなんですよ。それで、親方。雨のむら雲という刀を打てますか?」

「雨のむら雲?有名な『草薙の剣』だね。確かにそいつなら風属性を帯びているから有効だな。攻撃力も申し分ないし」

「ドレイク。打てるか?」

「製法は知っているぜ。任せな!」

「ねえ?レム」

「何だい?」

「テオ君って騎士ナイトでしょう?刀も装備できるの?」

「ああ。騎士ナイトといってもテオ君の職業はむしろ”剣士”に近いからね。刀も槍も扱えるさ」

「あなたは?」

「俺はあいにく魔剣専門だよ。技とかはテオ君と共有は出来るけど武器まではさすがに共有は無理だね」


 ネイトとドレイクが素材となるいくつかのアイテムを灼熱の炉に放り込むと、真っ青に熱せられた刀が生成された。

 そして二人でその刀を鍛え始める。心地よい槌が振り下ろされる規則正しい音が響く。するとだんだん刀の色が暗緑色に変わる。鋭利な刃は少しギザギザを入れてより殺傷能力を上げる。

 そしてフラタニティにも塗った摩擦熱で発火する油を塗りこみ、柄の部分に赤い装飾を巻いて、鞘に納めた。


「よし!雨のむら雲が打てたぞ!持っていけ!テオ」

「ありがとうございます!仕上がり具合を見ていいですか?」

「ああ。うっとりするくらいによく出来たぞ」


 テオが鞘から雨のむら雲を引き抜いた。深い緑色の刃のいかにも切れ味はよさそうな刀だ。微かに風を纏っている。テオは頷いてまた鞘に納めた。

 それから次はアネットとレンドールの拳銃のカスタマイズだ。彼らの拳銃は全く同型の型番を使用している。

 彼らは揃って今使用する拳銃から1ランク上の拳銃”デザートストーム”へと買い替えをした。そこから独自にカスタマイズが始まる。

 アネットはより速射性能を追求して、レンドールは特殊弾を装填を可能にする。さらに新型弾丸、魔法弾の開発も開始する。

 新型弾丸の魔法弾は、魔晶石を弾丸に加工して魔法と同じ効果を生みだす。使いようによっては回復魔法や解毒魔法、敵に使用する補助魔法も使える。

 ミオンの武器も性能強化をすることになった。風の力を秘めるナックルで有名なのは、風の精霊の名前を持つ、『シルフィード』だ。

 シルフィードと美しい銘だが、セーブルサイズと呼ばれる暗殺に使われる半透明の刃を素材に使用するので、ナックルだがナイフのように切れ味もある。

 さて、問題はレンドールの魔剣。

 今はブラッドクロスという銘だが、次の段階でブラッディクロスと銘を変える。必要なのは、吸血の牙と風の魔晶石、飢狼の血といずれも禍々しい素材ばかりだ。

 だが、レンドールは既にその素材も調達していた。あのトルーユ独立国の洞窟でそれらの素材が手に入っていたのだ。

 レンドールが背中の赤い剣を鞘ごと渡す。

 ネイトが鞘から剣を抜き、あらかじめ材料の素材を炉に入れて、剣も炉へ入れる。そこで不思議な反応が炉から出た。独特の魔剣ならではの黒い力の脈動を感じる。

 ドレイクが炉から取り出すと、彼らはまた槌を振り下ろす。規則正しい交互に槌が振り下ろされ、刃がより禍々しい赤へと染まっていく。

 そして、ブラッディクロスの最大の特徴となる剣と柄を繋ぐ箇所に蛇の意匠をつけた。加速装置イクシードも取りつけられて、強化は終わった。

 まさにその剣は”血の十字架”にふさわしい禍々しい剣となった。刃には猛毒が塗りこまれている。


「出来たぜ。レム!持っていけ!」

「ありがとう!」


 レンドールがブラッディクロスを鞘から取り出し、仕上がり具合をチェックする。柄と刃の間に絡まる蛇の意匠は見事な出来栄えだ。


「いい感じだよ。これ、刃に猛毒が塗りこまれているんだっけ?」

「ああ。遥か昔に地上で栄えた国で使われていた猛毒の薬を塗りこんでおいたぜ」

「毒ならあらゆる敵が出て来ても対処は出来るからな」

「何度も言うが、人には向けて使うなよ?簡単に人間を惨殺できる代物なんだからな」

「わかっている」


 これでパーティーの武器の強化は完了した。1日の休みを有効的に活用できたと言えるだろう。

 強化が終わる頃には、太陽が茜色に染まり西の地平線へと沈もうとしていた。

 この太陽がまた暁の空へ昇れば、3次予選開始だ。3次予選を突破すれば、本選出場が確定する。

 彼らは夜に向け、徐々に移ろいつつあるアストリアの美食街を歩いていた。


「いよいよ明日から、グランドマスターズ3次予選か。まずは大詰めだね、序盤の」

「またとんでもない敵が出てきそうですけど、武器の強化をしたし、アイテムも調達したし、準備万端ですね」

「でも本番では何が起こるかわからないから油断はしないように闘いましょう」

「何か、興奮してきた~!やるわよ~!」

「羨ましそうね、レム」

「そうだね。戦いを楽しむ心を持つミオン君の姿勢は凄いね。俺もあの若さを分けてもらいたいね」

「何、言っているの。40歳なら、まだ大丈夫よ」

「男としてか?戦士としてか?」

「両方よ」

「……随分と照れるような台詞を言ってくれるな」


 レンドールが夜道で足を止めた。アネットも足を止める。街灯が照らす少し暗い夜道。


「2次予選突破を果たしたあの時、あなた、言ってくれたよね。二人で支え合うんだ、と」

「ああ…」

「じゃあ…何で、まだ…結婚を考えてくれないの…?」

「……それは……」

「せめて、グランドマスターズが終わるまででいいから返事を出してね…?待っているから…私は」


 そして、また夜道を歩き出すアネット。テオとミオンはアストリアを駆けるように楽しんでいる。

 レンドールは、まだ脚が止まったままだった。青い目を彼女に向けて、沈黙を守る。

 不意に風が舞うと彼の長い銀髪が、風に踊った。


「わかっているよ…。アネット。だけど、まだなんだ。まだ俺は君にふさわしい男じゃない」


 まだ、俺は、君にふさわしい男ではないよ。

 その為にも、グランドマスターズで俺の戦いをしなければならないんだ。自らの証をたてる為に…!

 そして、彼もまた夜道を歩きだした。

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