第8話 歓楽都市の夜

 彼らが”食材探し”を始めて2日間が経過した。今は夜の8時。丁度、レストラン兼酒場ディープスカイも一番客が来る時間帯だった。

 夜になれば、アストリアは何とも魅惑的な街へと変貌する。街角で楽器を弾くアーティストもチップを貰おうと賑やかな音楽を奏でる。

 ディープスカイも今が一番稼ぎ時。夜になるとそこは売れっ子シンガーがライブをしに来て、夜の酒場を演出する。実は人気が高いのがこの夜のライブでもあった。

 そんな時だ。インビジブルナイツの面々もディープスカイ店内へと入った。

 

「いらっしゃいませ!まあ…いつものお客様ですね!」


 さすがのウエイトレスも彼らの顔は覚えたらしい。彼らはいつものようにカウンター席に案内された。どうやら彼らの指定席となったらしい。

 厨房の方向からはリヴァスの指示する声が聞こえた。今夜も彼は忙しそうだ。

 インビジブルナイツの面々は本日のお品書きを見た。昼間のメニューと変化しているように見える。夕食の方がディナーらしいメニューが載っている。


「今夜は何にしようかな。お勧めメニューがあるな」

「ピンクキャビアの塩味雑炊…か。何だか美味しそう」

「これも美味しいかもですね。キングトリュフ付きサイコロステーキ、ソースは大根おろしソース、ライス付きもできますよ」

「あたしはピンクキャビアの塩味雑炊にするわ。デザートにチョコレートとラズベリーのキッシュを」

「俺はそのお勧め、キングトリュフ付きサイコロステーキでライス付きにしよう。酒も飲みたいね。赤ワインでいいかな」

「僕も本日のお勧めでいいです。お酒は…シャンパンで」

「それじゃあ、ピンクキャビアの塩味雑炊で、スープ付きにするわ。苺とバナナとキッシュをデザートに」

「すいませーん」

「はーい、ただいま伺います!」


 ウエイトレスの子はいわゆるゴシックロリータと呼ばれるファッションをしたメイド服の女性だった。名前はエリナ。活発な雰囲気の女の子である。


「ご注文は何でしょう?」

「ピンクキャビアの塩味雑炊を2つ。一人はスープ付きで。それから本日のお勧めのキングトリュフ付きサイコロステーキを2つ。2つともライス付きで。それから苺とバナナのキッシュとチョコレートとラズベリーのキッシュを。後は赤ワインとシャンパンを」

「以上でよろしいでしょうか?」

「後で注文は出来ますか?」アネットが訊いた。

「はい。ご注文がありましたら、そちらのベルで呼び出してくださいませ。少々お時間がかかりますけどよろしいでしょうか?」

「構わないよ」

「デザートは食後にお持ちしますか?」

「そうさせてくれない?」

「わかりました」


 ディープスカイの店内はにわかに騒がしくなっていく。ふと、ステージに目をやるとある女性シンガーが準備を整えていた。

 すると、司会者のウエイターが店内にアナウンスをした。


「お待たせしました!今宵のメインイベント!歌姫シェリルによるライブを始めたいと思います!」

「待っていましたー!」

「シェリルちゃーん!」


 店内は黄色い歓声が上がっている。インビジブルナイツの面々もステージに注目した。

 ステージでは歌姫シェリルが挨拶をしている。笑顔で、楽しそうに、金色のロングヘアーに乳白色の肌の上には青いドレスを着ている。手にはマイクを握って。


「こんばんは。シェリルです!今夜も調子はいかがですかー?みなさーん!?」

「絶好調だぜ!シェリルちゃーん!」

「では、早速、今夜は新曲から歌いたいと思います。曲は「ベイビーボーイ」です」


 そして、歌が始まった。


 彼は私の恋人

 私の小さなかわいい恋人


 私はそのかわいい恋人が好きなの


 彼は私のかわいい恋人

 私は毎晩 彼と親密になりたいの

 私はただ 私のかわいい恋人が傍にいてくれる

 ことを願って 祈っているだけ

 

 彼は私のかわいい恋人

 私は彼を愛しているの

 彼は私のかわいい恋人

 彼は私だけのおもちゃ

 彼は私のかわいい恋人

 私には彼が必要なの わかって

 彼は私だけのおもちゃなの


 彼は私のタイプではないと

 いう人がいるけれど

 みんなが何て言おうと 私は気にしない

 とにかく 私は彼を愛しているのよ

 私のかわいい恋人を 見失ったら大変だから

 私は強く抱きしめているのよ

 間違うことなんかあり得ないわ


 彼は私のかわいい恋人

 私は彼を愛しているの わかって

 彼は私だけのおもちゃ なんだけど

 彼は私のかわいい恋人

 私には彼が必要なの わかって

 彼は私だけのおもちゃなの


 彼はベイビーボーイ

 彼は 私のベイビーボーイなの

 彼はベイビーボーイ

 彼は 私のベイビーボーイなの



 酒場ディープスカイの店内は明るい恋の歌で、彼女の弾けるようなハッピーな声で満たされる。

 それにつられて踊り出す客たち。手拍子を打って、床を踏み鳴らす。

 すると、ようやく仕事にひと段落着いてきたリヴァスが、厨房から出てきた。そして歌姫シェリルの歌に聴き入る。

 その顔は笑顔だった。やっぱり歌姫がいるだけで断然、お店の雰囲気が変わることを確信した笑顔だ。


「リヴァスさん」

「よう!こんばんは。早速、食材が届いているよ。ペルナスとペルナッパ、ぺルオニオンに、トルマグロ大トロとトルーユ貝、古代真鯛も」

「これだけあれば結構いい料理、作れますよね?」

「ああ。腕が鳴るね。今夜は遅いから、明日、また来てくれ」

「そうするよ」

「それにしても…歌姫シェリルさん、上手ですねえ」

「あの子は売れっ子シンガーなんだ。アストリアで”歌姫シェリル”を知らない人はいないよ」

「今夜のお勧めディナーも美味しかったよ。リヴァス」

「あのサイコロステーキの肉、実はイノシシの肉をさばいたものなんだよ。歯ごたえあったろ?」

「丁度いい硬さだったね。それに臭みも全然なかった」

「香草で臭みを消しているんだよ。それに油も全部オリーブオイルで炒めてある」

「へえ…」


 レンドールはグラスに注がれた赤ワインをひと口含んだ。このワインもなかなか深みがある味わいだ。年代物なのだろうか?

 シャンパンを飲むテオは何だかボーっとしてきている。彼は酒には弱い部類の人間だ。それとも歌姫シェリルの歌に魅了されたのか。ずっと黙っている。

 ミオンはチョコレートとラズベリーのキッシュを食べてご機嫌だ。歌も楽しそうに聴いている。

 アネットは苺とバナナのキッシュを食べながら紅茶を飲んでいた。

 そうして、宵も更けて、22時。閉店時刻となったディープスカイは、リヴァスが歌姫シェリルと何かを話して、彼女を帰らせた。

 インビジブルナイツの面々も宿屋に向かいチェックインの手続きをして、それぞれの部屋へ戻り、ベッドにその身を預け眠った。

 ちなみに部屋割りは彼らは共に既に公認のカップル同士なので、二人部屋に、レンドールとアネット、テオとミオンの組み合わせで入っている。

 

「ふわ~っ。とりあえず食材探しが順調でなりよりだな。残り4日間か。予選リーグ開始まで」

「なんだかんだで上手くいっているし、でも、心配だわ…」

「……闘技大会がか」


 レンドールとアネットは別々のベッドに横になっている。窓際がレンドールだった。彼は今はその長い銀髪を解いている。枕に腕を上げながら窓から見える月を眺めている。

 やがて、起き上がると、心配するアネットを包み込むように優しく囁いた。


「闘技大会で何が起きても君だけは守り切ってみせるよ…アネット。心配するな……」

「本当…?」

「俺が嘘を吐いたことあったか?」

「ないわ…」

「なら、余計な心配はしないでいい。俺は君を守るから」


 アネットは真夜中の部屋でレンドールを見る。宵闇で長い銀髪が月のように輝いている。青い目は相変わらず何物にも動じない自信がみなぎっていた。

 そんな彼に微笑みかけた彼女も枕に顔を埋め、意識を落としていった。

 レンドールはまた腕枕しながら夜空の月をただ眺めていた…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る