私の妹は人から奪い取る事が好きなようなので、だから呪いの品とか要らない物をどんどん押し付けようと思います

仲仁へび(旧:離久)

第1話




 双子竜の加護の元で繁栄する世界。


 その世界の歴史では、時々双子として生まれた姉妹が苛烈な争いを繰り広げる出来事が多かった。


 竜は己の魂の一部を引き裂き、同じような生まれの双子にギフトを与えるからだ。


 人から愛される力や、幸運を招き寄せる力などなぞ。


 しかし、それらが必ずしも人の役に立つかというと、そうは限らなかった。





 貴族令嬢として生まれ育った私には双子の妹がいる。


 だから加護の力が与えられていた。


 私は運が良かったし、妹は多くの人から愛された。


 けれどその力は、姉妹の絆を育む事がなかった。


 むしろその力があったために、修復不可能な溝が両者の間にできてしまったのだろう。


 社交場にいる妹が、人に話しかけている。

 私は離れた所でそれを眺めていた。

 間違っても被害に遭わないように、距離をとっているのだ。


「ねぇ、貴方のそれ綺麗ね。私に使わせて」


 まただ。


 双子の私の妹は、何でも人から奪い取るのが好きだった。


 今、友人が身に着けている首飾りを奪って喜んでいる。


 社交界の会場で、妹は目立つ。


 華やかな見た目をしているから、どこにいてもその挙動が目に入ってしまう。


 それに加えて、珍しい双子であるというのだから、注目度は抜群だろう。


「あら、そこの貴方。そのブローチかわいいわね。見せてくれる?」


 妹はまた、人の物を奪っていた。


 妹の手に渡った品物が、持ち主に帰る事はないだろう。


 愛くるしい妹は、何をやっても許されると思っているふしがあるからだ。


 欲しいと思った物は、意地でも手放さない。


 例え注意されたとしても美しい顔をゆがめて悲しそうにすれば、「それくらいあげればいいじゃないか」「大したものじゃないんだろう?」とか言って、他の人が勝手に擁護するので質が悪い。


 私も妹から、様々な物を奪われてきた。


 お気に入りのぬいぐるみやおもちゃは、まだかわいい方だ。


 人からもらった大切な贈り物や、自分で作った手作りの品まで被害に遭った。


 だから、妹から奪われないようにするのに、いつも大変な苦労を強いられていた。


 大切な物は、部屋の中のありとあらゆる場所に隠さなければならなかった。


 ある、なんて思われたら最後だ。


 私がいない間に部屋にやってきた妹が勝手に持ち去ってしまう。


 代わりのきく筆記用具やただの小物ぐらいならまだいいが、それらの品物も時々嫌がらせで持ち去ってしまうのだから、本格的に悩んでいる。


 私の幸運の力があるため、持ち去られた物はすぐに返ってくるのだが、それでも完全に元の状態で返ってきた事はあまりない。







 奪われるばかりでいた私は、ある日考えた。


「それなら、要らない物を押し付ければいいんじゃないでしょうか」


 ひごろから身の回りのお世話をしてくれている人に相談したら、そんな案を教えてもらったからだ。


「奪われるのではなく、与える方向で考えてみると良いのでは」


 そう述べる彼の名前はシンフォ、見方を変えて教えてくれた。


「要らない物なんてあったかしら。どうでも良い物ならたくさんあるけれど」

「ほら、この間お嬢様の友人が困っていた事件があったでしょう? それに、他にも」

「そういえばそうね」


 妹が人の大切な物を奪っていくというのなら、うまくすれば、逆に要らない物を押し付けられるのではないだろうか。


 思いついた私は、さっそくシンフォと相談しながら、準備に取りかかった。


 もしかしたら、これまでさんざん私の頭を悩ませてくれた妹への、仕返しができるかもしれない。


 だから、後日。


 普段外出する時、私の後をつけてくる男性へ声をかける事にした。


「えへへ、今日もかわいいなぁ。遠くから見てるだけでもかわいいけど、こうして目の前でお話しててもいいね」


 ちょっと性格が危ないから、用心しなくてはいけない人だけれど。


 私は彼と仲良くお話する事にした(念のためにシンフォに声をかけて、近くに控えてもらいながらだったが)。


「いつも見てるよ。君が何が好きなのか知ってる。動物の刺繍のハンカチがお気に入りだよね。よく使ってたからさ」

「そっ、そうね」


 その人は、なぜか私の行くとこ行くとこ現れる。


 前に倒れていたところを見かけたのはきっかけ。

 親切を働いて介抱したら、それからずっとこんな感じなのだ。


 たぶん、日ごろから監視してるんじゃないだろうか。私の事をずっと。


 私が直接述べていない事まで細かく知っている。


 もしかしたら、そういうのが好きな人間なのかもしれない。


 好意が行き過ぎてしまう人間は、よく貴族の社交界でも耳にする。


 こういう人とはあまり関わらない方が良いと言われているのだが、妹に仕返しするならぴったりだ。


「あら、お姉様。仲良くお話されているのはどちらの方なの?」


 私が何度か彼と仲良くしていたら、さっそくとばかりに妹が声をかけてきた。その目を輝かせながら。


 妹は彼の事をあまり知らないのだろう。

 単に私と仲が良い男性とだけ、と思っているはずだ。


 そんな妹は、彼に色目を使いはじめた。


「恰好いい」とか「頼もしい」とか、何かあるたびに褒め続けている。


 使い古された言葉だが、愛される妹が使えば、抜群の効果になったようだ。


 すぐに彼は、妹に惚れてしまったようだ。


 振り向いてくれない私より、(見かけ上だけだが)ある程度の気を持って接してくれる人が良いのだろう。


 女性として釈然としない思いを抱いたが、まあ良しとした。


 シンフォに「簡単に恋心を捨てるような人と縁が切れたのは幸いですよ。俺だったら、そんな事はしませんが」と慰められてしまった。こちらを妙にじっと見つめながら述べてきた言葉だったのだが、どういう風に受け取ればいいのだろう。


 後日、あの男性と仲良くなった妹は、毎日どこにいても人の気配を感じるようになったらしい。


 こればっかりは(物扱いするのもどうかと思うが)返品されなくても良い気がする。







 それで懲りればいいのに、妹はまた私の物を奪った。


「あら、宝石がたくさんついた首飾りを持っているのね。お姉様、私につけさせて」

「駄目よ。これは友達にもらったものなの」

「いいじゃない。つけるだけなんだから」


 あやしまれないようにしぶりながら、その首飾りを差し出す。


 妹は、首飾りをつけたまま散歩してくる、といってそのまま持ち去ったようだ。


 今度押し付けたのは呪いの品だ。


(見かけ上は)豪華な首飾りだが。


 友達が心霊現象で悩んでるというから、何が原因か色々と調べた後、判明した品物だ。


 私の仕返しのために友人には、「こちらで処分しておくわね」と言って、もらってきたのだ。


 値札に見えるようなお札が貼られていたのだけれど、妹はそれがどういう意味か気づかないままつけたらしい。


 それで、後でその札に気が付いた妹は、ぺりっとはがしたとか。


 最近、肩がこるとかいって、よくもんでいる。


 とりつかれたのではないだろうか。


 霊感が強いシンフォが妹を見て驚いた後、私を見て「とうとう例のあれをやったんですね」という顔になったので、頷いておいた。


 例の首飾りを探す時、それが原因だと気が付いたのは霊感のあるシンフォが発見したからだった。







 計画は順調に進んでいるようだ。

 なら、もっと要らない物をあげてみよう。


 私には無理やり背負わされた立場がある。


 それは貴族の社交界に出るとき、最新の流行を伝えると言う立場だ。


 お洒落をして、自分を磨き上げようとか言うそんな組織の。


「貴族令嬢たるもの、常に美しく、己を磨き上げなくてはなりませんのよ。おーっほっほっほ」という意識の高い友人に誘われて、うっかり入ってしまった組織。


 ちょっとしたもので、お嬢様のお遊びみたいなものだったが、それでもやる事が多かった。


 流行に敏感な貴族令嬢達が、美を追求する様はすさまじい。


 髪型とか、服装のコーディネートとか、ある程度は気にしなければならないと思うが、彼女達の情熱がとことん極まっている。


 流行の移り変わりが激しくなっていて、ついていくのが疲れてしまったので、手放すことにしたのだ。


 彼女達には悪いが。

 

 こちらから言おうにも、積極的に自分から辞めるとなると角が立つ。


「という事で、最近美への研究が盛んなようで。とっても楽しいのよ」

「そう、それなら私がお姉様の代わりに、やってみようかしら」


 だから、妹にさりげなく自慢して、与えてあげた。


 妹はお飾りのトップとしてしばらく君臨したみたいだけど、すぐに降ろされたようだ。


 まあ、妹は細かい作業とか、地道に調べるの苦手だから、そうなると思っていたが。


 あの組織は、他の人達がしっかりしてるから、後のことは何とかなるだろう。


 最近は商会に顔をだして、毎日化粧品の開発をしているとかいう話があったから、本格的に巻き込まれないでよかった。

 そこまでの情熱は私にはない。


 シンフォにその結果を述べたら「その仕返しだけ、規模が大きい割に微妙だ」と呟かれてしまった。







 世の中には普通の人間は見向きもしない物に価値を感じる人がいる。


 世間の人達から、収集者と呼ばれる人は、食器や古書などをせっせと集めているらしい。


 それで、そんな友人を持っていた私にも、それらの品が回ってきた事があった。


「これは禁書じゃないの?」


 それは、存在してはならない本だった。


 私達の世界にとって有害な情報がかかれている本だ。中身は、古代語で書かれている。


 もっているだけで、犯罪となるため、直ちに処分しなければならないのだが。


 私はそれを利用する事にした。


 だから「実は旅先で、珍しい古書販売店があったから、まとめ買いしちゃって。それでまぎれこんだのかも」と困っている友人からひきとって、処分すると言ったのだ。


 私は妹にその本を自慢して、例によって例のごとく、与えてあげた。


 毎回同じ流れだったので、新鮮味が薄れてしまったから適当な対応になってしまったが、妹は怪しむ事すらしなかった。


 無事、自分の部屋に持ち帰ったようだ。


 後でそれとなく、禁書の情報をシンフォ経由で教えてあげて、驚かしておいた。


 血相を変えた妹が「なんてものを私によこしたのよお姉様! こんなもの早く処分しちゃってよ!」と言って、自発的に返却してきたのは、ものすごく珍しい光景だった。


 その後「お嬢様、本当にそれは処分してくださいね」とシンフォに念を押されてしまった。


 さすがに洒落にならない感がひしひしと伝わってきたので、すぐに焼却処分した。







 これで、妹が自分の行いを反省してくれたらよかったのだが。


 そうはならなかったらしい。


 その後も、妹は性懲りもなく人の物を奪いつづけた。


 時には誰かの、大切な形見を奪った事もあった。


 だから、報いを受けたのだろう。







 この世界は竜の加護で繁栄している。


 だから、竜の機嫌をとるために、百年に一度、竜に使える巫女を選ぶ事になっていた。


 それらは双子の中から選ばれるため、私達も選考対象に入る。


 当日は専用の神殿へ訪れて、竜に選んでもらう事になっていた。


 だから私は、両親や友人、使用人としっかり別れの挨拶をすませてから、旅立った(使用人であるシンフォが、どうしてもと言ってついてきたのは意外だったが)。


 何も知らない妹は、ずっとはしゃいでいたが、私は憂鬱だった。


「竜の巫女に選ばれることは名誉なんですってね。選ばれた人がいたら譲ってもらおうかしら」

「貴方はそれがどんなことか知らないから、そう言えるのよ。勉強しなくてもいいほどの美貌っていいわよね」

「なぁに、嫉妬は見苦しいわよ、お姉様」


 不安にかられっぱなしの私に、ついてきてくれたシンフォが励ましてくれる。


 妹に奪われると嫌だったから、これまでは妹の目の前でお喋りする事などなかったが、そうも言ってられない。


「大丈夫です。どれだけの双子がいると思っているんですか? 集められるのはごく一部の貴族と言えども、幸運の力を持つお嬢様が選ばれる可能性など、低いですよ」

「そうね。ありがとう。ちょっと気が楽になったわ」







 そうして神殿にたどり着いた私達は、竜に会う事になった。


 この世界を守るほどの生物だ。


 その威容はまぎれもなく、「この生き物には敵わない」と自然に思わせるようなものだった。


 固い鱗に覆われ、鋭い爪をもったその竜は、集まった私達をさっと見下ろし、巫女を選んだ。


 それは私だった。


 絶望しそうになったが、妹が「ずるい、代わって!」というと、竜は巫女を妹に選びなおしたようだった。


 その結末に、私はその場にへたり込んでしまった。


 けれど私は姉として、それだけは言わなければならないと、妹に声をかかけた。


「今なら遅くないかもしれないわ。貴方が頼めば他の人が変わってくれるかもしれない。本当に巫女になっていいの?」

「いいに決まってるじゃない。名誉な事なんでしょう? 私の物になったんだから、誰にも渡さないわ」


 思い直すようには言ったけれど、それでも私が真実を伝えなかったのはこれまで困らされてきた出来事があったからだ。


「分かったわ。さようなら」


 私は別れの言葉を言って、他の者達と一緒にその場を去った。


 神殿を出た時に中から女性の悲鳴が聞こえたが、私は振り向かなかった。








 帰りの馬車も、私はシンフォに「引き返す道もあったのに、引き返さなかったのはあの妹の意思です。気に病まないでください」と励まされる事になった。







 その後、私は誰にも奪われることのない平穏な日常を過ごした。


 妹がいなくなったため、双子ではなくなったけれど、身内から巫女が出たという事で家の格がぐんと上がったらしい。


 名のある名家の一つとして数えられる事になった。



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