第8話 蛇と狐

禍津学園は大学棟と高校棟に別れている。

彼らは大学生だが、高校生はこの時期登校してこないため、この高校棟の教室で大学生が談義しても問題ないらしかった。


「そーんな事言われてもなあ……」


きつねのようなきつい目付きをした大柄な男が発しているのは、これまたきつい関西弁。長い方の前髪を、太い指で整えている。


「ボクに全部やれっちゅ〜の~ん?」


狐畑コバタ 和博カズヒロ 】 3年生

所持異能力「きつね婿入むこいり」

話を聞かせることによって、相手に質量のある幻覚を見せることが出来る。幻覚の強さは話術と相手の精神力に比例する。


刈り上げられた後頭部を指の腹で掻き毟って、コバタは困ったようにため息を吐いた。


「俺の能力は治療に使えると考えていてね。

医者としてぴったりでしょ?お前が怪我したら真っ先に使ってやるからさ。」


受け答えをする黒髪の男は、首までチャックをきっちり閉めたジャージにエプロン姿。追い打ちにマスクと手袋まで着用した異様な姿である。


ハバミ 洋一郎ヨウイチロウ 】3年生

所持異能力 「偽能ぎのう医者いしゃ

素手で触れた生物の構造を自由に組み替えることができる。彼自身には常にこの異能力が発動しており、ちょっとした怪我なら放っておいても治ってしまう。


「しゃ〜ないな……ええで、やったるわ!」


ハバミはそれを聞いてぱっと顔を明るくする。

マスクをしているので分かりにくいが、垂れた形の良い目に生え揃ったまつ毛が、蕾が開くようにぱっちりと離れた。

コバタはハバミと長い付き合いになるので、それだけで彼の気持ちがわかったのだ。


「恩に着るよ……!痛いところがあったら教えてくれ。色々試して見たいんだ、この能力を!」

「けけけ、ご機嫌さんやね。ええやん。そこらの生徒でも捕まえて試してみたらええんちゃう?」


二人きりの教室で、けっけっと笑いながら席を立つコバタ。


「どこかに行くのか?」

「ちょーっとおカワヤに……けけ、さっきからずーっともよおしとんやけど、ここからトイレ遠いやんか?ヨウが心配でいけてなかってん……」


コバタは腰をくねらせ、口元に拳を持っていき、恥ずかしがるようなジェスチャーをする。


「はず!もー!何言わすねーん!」

「ふふ……そうか、悪いね。俺なら大丈夫だから、いって来いよ。」


ケケ、と喉から声を漏らすと、コバタは教室から出ていく。外からかちゃりと音が聞こえた。どうやら教室の鍵をしっかりと閉めて行ったようだ。


「……。」


ハバミはゴム手袋を外して、自分の手をまじまじと見た。目を閉じて、頭の中にある異能の説明書をもう一度読んでみる。


目が覚めた時。

考えれば自分の異能でどういうことが出来るのか、すぐに頭に浮かぶようになっていた。深い記憶の中に、今までずっと持っていた技術かのように説明書が埋まっているのだ。


素手で触れば能力が発動するという事だが、使ってみなくては如何いかんせんどういった要領で使えばいいのかわからない。


人の体を弄くり回すというのがどういうことなのかよくわからないが、触るだけで切開も麻酔も必要ないなら、患者の体に負担も無いし、それはとても素晴らしいことだ。


俺は医者を志している。

俺がこの異能を手にしたことは、神の思し召しかなにかなんだろう。


お前が医者になれ。

親のせいで才能を無駄にするのは惜しい。


そう言われているような気がした。

俺はこの異能力に誇りを持っている。

この異能力で、困っている人を助けるんだ。

それで……それで……


妄想に耽っていたその時、

ドアの外で小さな音が鳴った。


「……カズ?随分早いな そんなに急がなくても……」


ハバミは立ち上がって、鍵の閉まったドアをこちらから開けてやろうとする。


しかし。それは親友ではなかった。

一際強く音が鳴ったかと思えば、ドアがいとも簡単に真っ二つに割れ、2人組の男子生徒が現れた。


「……!?」


片方の肘から下は鉄のように真っ黒く艶光りし、もう片方は足がカモシカのように変形していた。


相手の目は明らかにハバミを見据えている。

どうにも談笑をしに来た雰囲気ではなかった。

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