31話 外面的

 

 しばらくして、友莉は一言「帰ろう」と言った。


 それが俺に向けられた言葉なのかはわからない。


 だとしても俺は、友莉の後ろをついて歩くことにした。


 その背中は変わらない、友莉はいつものように凛とした様子で階段を下る。


 ロッカーに入れっぱなしの一年の時の教科書とか、適当に突っ込んだプリントとか、いつも持って帰らないとなーって思うだけで、ただ靴を履き替えて外に出た。


 今日は朝からずっと雲が晴れない、雨は降らないと天気予報では言っていたが。


 俺はそのまま駐輪場までの道も、友莉の後を追うようにして歩き続けた。


 何の会話もないし、なんか気が引けてくるな…


 そんな後ろめたさを感じていた時。


「どうした…?」


 途中の体育館裏にさしかかったところで、友莉は何か思い出したかのように不意に足を止める。


「あたしさ、ここで浅岡と言い合って、なんかすっきりした。今まで口に出せずに抱え込んでたこと、声にしてやっと自分の思ってたことがはっきりしたっていうか。なんかちょっと変われた気がしてた」


 友莉は振り返らない。


「友莉…?」


 脳に渦巻く憂いな予感は、俺の名前を呼ぶ声を震わせた。


「そうやって一人で思い上がって、ほんとバカだよね。だってあの時誓ったこと何一つ果たせてないじゃん。本当なら、彩芽と一緒にここで…」


 すると友莉は笑顔でこちらに振り返る。


 その笑顔は本人しか知りえない心寂しさを思わせるようで。


「また意味わかんないことばっかり言ってるね、あたし。お助け部はもう無理だってこと…あたしから坂本先生に言っとく。あと、浅岡のことは地に頭をつけてでも頼み込むから」


 お助け部は、坂本先生が推薦した生活に難がある生徒だけが集う部活だ。


 そこで活動することにより、食券配布や援助金の受給などの手当てを受けることができる。


「浅岡のこと」というのはお助け部が無くなった後で、俺の身の上を思った発言なのだろう。


 だとしたら こいつは


「…っざけんなっ…!」


 友莉がいつも着ている黒のジャンパーの襟元をがっと掴む。


「勝手だ…!!」


 友莉は俺と目を合わせようとせず、ピクリとも動かない。


「らしくねぇんだよ、さっきからっ…!お前らの間に何があったか知んねぇけど、今は話し合うべきなんじゃねぇのか?!しまいに俺を気遣って頼み込むだとか、自己満足も大概にしやがれ!!俺はお前に、憧れ…て……」



 …あぁ…そうだった



 俺は憧れていた。


 多花栗友莉という人間の生き方に。


 いつも真っすぐで揺るがないこいつの在り方に。


 だとしたら、俺のこの怒りはただの「押しつけ」だ。


 楓の同級生を蹴りつけていたあの時と何ら変わらない…


 いつの間にか俺は足元を見つめていた。


 襟元を掴まれながら立ち尽くす友莉に、ゆっくりと目を向ける。


「じゃあ、どうすればよかったの…?」


 友莉の声は、震えていた。


 そして必死にすがるように、友莉は両手で俺の襟元を強く掴み返す。



「教えてよ浅岡、あたしに何ができたっ…!?もっと彩芽に優しくできた…?もっと見てやれた…?あの子が後悔しないようにって、もっと、もっと…」



 彩芽は素直な女の子だと思っていた


 友莉は強い女の子だと思っていた


 でも違った


 彩芽はこんなにも聞き分けのない妹で、歪んだ劣等感が自分の中に在り続けることを望んでいた


 友莉はこんなにも他人任せなことを言う姉で、人のことを思って誰も不安にさせないようにと自分を飾っていた


 それに今になって気づくって、まさになんともまぁ…


 友莉は「ごめん」と言うと、力なく握られている手を離して俺から一歩引いた。


 そして鞄の中から取り出したものを俺に差し出した。


「これっ、お前…!」


「うん、返しとく。それじゃあね、浅岡…」


 そう言い残して友莉は一人、その場から歩き去っていく。


 俺の手には、三年前に雨に降られていた女の子に渡した、黒の折りたたみ傘が握られていた。

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