4-14


「パパ。うれしそうです」

「あぁ、ちょっとだけど、良いことができたからな」


 笑みを浮かべてくれているエルの頭を、なんとなくなでてしまう。


「お買い物を、できたから、うれしいのですか?」

「正確には、買い物の代行サービスってかんじかな」

「その、買い物の、だいこうさーびす、というのが、できれば、パパは、うれしいのですか?」

「そうだな、他にも頼んでくれる人がいてくれればいいんだけどな~」


 吉永さんのとこ以外でも需要はあるとは思うが、なにせ俺の設定は、悪人だ。

 やすやす信頼関係が結べるとは思えない。


「だいじょうぶです、きっと、パパなら、できると、思います」


 幼女に、はげまされるってのも悪くないもんだ。


「ありがとうな」


 ちょっとは、前向きに宣伝でもしてみるか!


 正夫さんとセツコさんに相談してみたところ、あっさりOKしてもらえた。

 そこで、これ幸いとばかりに、来てくれたお客さんに、片っ端から声をかけてみたのだ。


 買い物の代行等を無料でおこないますって感じで!


 みんな最初は、とまどった顔をしていたが、社様の言う事なんだから、なにか意味があるのだろうと思ってくれたみたいで、予想外に好印象だった。

 調子に乗った俺は銭湯に行くついでに、番台のおばちゃんにも話を持ち掛け、宣伝してほしいとお願いしてみたのだ。

 やはり最初は、ひきつった顔をされたりもしたが、エルが一緒になって頭を下げてくれた効果もあってか、最終的には笑顔で、うなずいてくれた。

 後は、効果が出てくれるのを祈るばかりといったところか。


 ――翌日。


 なんどか見たことのある、おばさんが息子と思える子供を連れてやって来た。

 その子供が手にした勉強道具が、ちょっときになった。

 なぜかエルの方をチラチラと見ながら買い物を済ませた後。

 おばさんは、少しもうしわけなさそうな顔で話し始めた。


「社様。頼み事って、買い物とかじゃなければ、だめでしょうか?」

「いえ、俺に出来る事だったらなんでもいいですよ」


 実際、他に妙案があるならすがりたい気持ちである。


「本当ですか!」

「はい」

「社様。計算得意みたいだから、この子の勉強を見てもらえたらって、思いまして」

「あぁ、いいっすよ。どうせ暇な時はエルの勉強を見てるんで、ついでに教えますよ」

「ほれ、太郎。社様が勉強を見てくれるって言ってくれたんだ、お前も頭さげなさい」

「よろしく、おねがいします」


 いかにも、いやいや言わされてる感まんさいの口調。

 薄汚れたランニングシャツと短パン。

 日に焼けた姿から、お外で遊ぶのが大好きな子であろうことが一目でわかる。

 おそらく勉強を見るというよりは、勉強嫌いをなんとかしてほしいと言うのが本音であろう。 


 ――間違いなく厄介事の一つと言えた。


 そもそも俺は、教師なんて肩書もっちゃいない。

 それでも引き受けた以上は、それなりにやってみるしかない。

 学校や塾ならともかく、ここは商店であり、俺が本来やるべき仕事は商品を売る事である。

 ゆえに、勉強机なんて気のきいた物なんてない。

 エルの机だってみかん箱だ。

 おばさんを見送った後――正夫さんに頼んで空き箱をもらい机にする。

 

「なぁ。太郎は、どこが分からないんだ?」

「どこって、いわれても……ぜんぶ、かなぁ」


 出航した船がいきなり難破した気分である。

 俺は頭を抱えた。

 見た目からして小学校の高学年に見えたので分数の割り算あたりで引っかかってるのかと思ったのだが……あてが外れたみたいだ。

 ここは、いったん気持ちを切り替えよう。


「なぁ、エル。掛け算は分かりそうか?」

「パパ、かけざんってすごいです! 同じもの、何回も足すよりかんたんです!」

「そうか……」


 こっちは、こっちで別の方向にぶっ飛んでやがるし。


「えっ! その、チビすけ、かけざんできるのか!?」

「あぁ、こいつは特別だから気にせず太郎は分からないところから始めような?」

「あ、はい。やっぱり社様がおしえると、おれでも、かけざんとかできるようになるんですかね?」


 どうやらエルの才能を、神様パワーかなにかだと勘違いしたらしく、太郎の目が輝いている。

 まずは、その勘違いから正していかなきゃだな。


「とりあえず、これをやってみてくれ」


 太郎の、ノートに鉛筆で二桁の足し算を適当に書いてやらせてみたところ……

 繰り上がりがりがどうとか以前の問題。


 なんで補習とかしてねぇんだよ!

 明らかに普通の足し算すらできてねぇじゃねぇか!


「太郎は、まず足し算をたくさんやろう。掛け算は、それからだ」

「え~。すぐになんとかしないと、またかあちゃんに、なぐられるんだ。社様ならなんとかしてよ」


 他力本願も、ここまでくるとかえってすがすがしい。


「分かった。だったらお前の母ちゃん、だまらせる言葉を教えてやる!」

「ほんとに!?」

「あぁ、何事も基本が大事だって、俺が言っていたと言えばいい!」

「それで、おれ、かあちゃんに、なぐられないで、すむ?」

「そのはずだ、だから俺を信じて言われた通りにやってみてくれ」

「わかりました……」


 太郎は、半信半疑みたいだったが、習うより慣れろってのは実際にだいじである。

 なにせ9+8が15だと勘違いしてる子に、掛け算だの割り算だのは厳しかろう。

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