第22話 風香の素質

 各校の部活動が軌道に乗ろうが乗るまいが、公式戦は待っていてはくれない。新年度1発目の大会を明日に控えた日のこと。顧問の指示もあって今日は早めに練習を切り上げる予定だが、俺とみちるはいつも通りに公民館で追加練習をするつもりだ。さしずめ、いつもより時間をとってみちると打てるではないか。ああ、素晴らしき大会前。

 今日の部活は最終調整ということでダブルスの練習も行っていた。大会では団体戦も行われていて、ダブルスはその一角を担う大切な役どころだ。それぞれ男子では俺と宇田部長のペアで、女子は凛さんと風花さんによるペアだ。実は両ペアとも去年から組んでおり、順当に選ばれた格好である。シングルスと違って動きが複雑になるため、コロコロと相方を変えるのが難しいのが原因だろう。当然ながら息が合ったパフォーマンスにならなければ、勝つことなど夢のまた夢である。


「部長、例のサーブは使える気がするので、サイン増やしましょう」


「滝川君は貪欲でいいね。僕からも提案があるんだけどいいかい?」


「もちろんです!」


 俺と部長は並んで、作戦の確認をすると共に新たな戦術も模索していた。ダブルスでは打ち始める直前に、大まかな方針を共有するためにサインを味方に出す。どんなサーブを打つかとか、レシーブを攻撃的にするか様子を見るかなど。俺と部長のコンビでは、俺がサイン出しを担当している。部長が、その方がいいと太鼓判を押してくれたからだ。いや、ホント至極光栄である。それからしばらく打ったところで切り上げることにした。


「お疲れ、滝川君。本番では頼らせてもらうね」


「勘弁してくださいよ部長。まあでも、頼ってもらうくらいの意気込みでやってやりますよ」


「いいね。心強いよ」


 部長とグータッチを交わして各々別の練習に移っていく。今日は最終確認ではあるが、別に手を抜くわけではない。大会に臨むにあたって、自分に足りない部分を補うラストチャンスだ。この時間からはドライブという上回転をかけて、攻撃に転じるパターンを練習しようとしていた。おあつらえ向きの相手に予め時間をとってもらっている。


「練習に付き合ってもらってサンキューな」


 同じクラスにいることもあって、部内でも特に話しやすい相手に俺は改めて礼を言う。大事な大会前の時間を割いてもらうのだから頭が上がらない。その相手はフフンと得意気に笑いながら俺と相対する。


「別にいいってことじゃん。全然ウチの練習にもなるしwinーwinなんじゃん。あと、マルマルと打つのは久しぶりな気がするじゃん」


 我が部唯一のカットマンである羽月はつきだ。ドライブとは、そもそもカットを打ち返す技法であるため、何度も打ちたいなら必然的にカットをかけてもらうことになる。羽月は自らのプレースタイルとして、どんな球種にもカットをかけるカットマンを選択している。先日のみちるとの試合でも特徴を遺憾なく発揮していた。だからこそ、みちるはドライブを打ち続ける展開に否応なしに持ち込まれていたのだ。ドライブの練習をしたいなら、これ以上ないうってつけの相手であろう。


「しかし、同じ部にカットマンがいてくれるのは本当に助かる。やっぱり玉出しされて打つよりも、実際に打ち合って生きたカットをドライブしたいからさ。ドライブ練習なら羽月しか勝たん!」


 自分なりに賛辞を送ったつもりだが、ありゃ?発言を聞いた羽月の態度は、どこが壁をつくっているように見える。


「ふ~ん、へ~、よく言うじゃん。最近はマルマルがドライブ練習する、且つ、ウチの手が空いてる ときでもウチへのご指名が全然なかったじゃん。どこぞの新入生にばかりかまけてウチをないがしろにした男の言葉なんて信じないじゃん。どうせ今だって愛しの新入生ちゃんが試合中だから、仕方なくウチを指名しただけじゃん。一緒にプレーするときだけ甘い言葉を囁くなんて、とんだスケコマシじゃん」


「いかがわしい言い方やめてくれない?!」


 随分な評価をされてしまった。羽月は終始ニヤニヤしながら言っているので冗談なのは分かっているのだが、実際羽月と打つ機会がなかったので耳が痛い。新入生ちゃんというのはみちるのことで間違いないだろう。最近は隙あらばみちると売っていたから、羽月と練習する時間など残念ながら残されていない。そう、そんな時間残されてはいないのだ!


「なんか失礼なこと考えてるじゃん?」


「考えてねーよ。ホントだよ。マジマジ」


「死ぬほどウソくせーじゃん!もういいから始めるじゃん」


 羽月の下回転サーブはキレが良く球筋たますじが素直で美しい。より鋭い回転を確実にかけるために基本に忠実な動きを高いレベルで実践している。相手をすればわかるが、回転量が多く全国的に見ても高水準のサーブだ。小細工めいた動きがないので相手からは下回転だとバレてしまうけど、そこを捨てても差し支えないだけ質の良いサーブと言えよう。俺はロング気味なその下回転サーブを回り込んでドライブする。そこから始まるカットとドライブの応酬は緊張感がありながらも打球のリズムが心地よく、気分が高揚していく。先に俺がミスショットしたことで一旦ラリーが途切れるも即座に再開する。スタミナに関しては我が部で最も長けているのは羽月だ。俺も間を空けることなくハイペースで練習が続いていく。羽月の小柄な体のどこに無尽蔵とも言えるスタミナが宿っているのか、不思議でならない。…やっぱり胸か?今も激しく揺れる大きな2つの球体にこそパワーが溢れているのか?


「卓丸先輩何処見テルデス?」


 隣のコートからみちるが問うてきた。その声は感情が乗っておらず、身体の芯が氷点下に晒された気がした。最近、周囲の女子からの当たりがキツいんだが、どうしたらいいだろう。


「みちるこそ、こっちを見てていいのかよ」


 売り言葉に買い言葉、言い返すもみちるはこちらを見ていなかった。


「それくらい雰囲気で分かるですよ。卓丸先輩?」


「怖えーよ。変な能力を身につけないでくれ」


 日に日にみちるが良くない方向に成長していないか?言い合っているうちに俺とみちるの息がシンクロしたらしく、二人一緒にスマッシュを打ち抜いた。それぞれのコートを射貫いたボールが床に転々とする。隣を見るとみちるがジト目をこちらに向けている。


「羽月先輩~、さっき卓丸先輩が羽月先輩のおっぱいをガン見してたです」


「おまっ、チクるなよ。じゃなくてガン見なんてプレー中にできる訳ないだろ。チラ見程度だよ」


「羽月先輩~、さっき卓丸先輩かわ羽月先輩のおっぱいをチラチラいやらしい視線で舐め回すように見てたです」


「俺のバカ!あと、描写を足さないでくれる?!」


 おそるおそる羽月を見ると呆れたのか溜め息をついている。


「やれやれじゃん。マルマルの視線はいつものことだから気にしてないじゃん」


「バレているだと…」


 じゃあ、今までも胸を見られているのを感じ取っていたの?恥ずかしすぎる。


「羽月先輩が寛大で命拾いしたですね」


 皮肉げに言われてしまい、ぐうの音も出ない。そうしていると、みちるの対戦相手からも声をかけられた。


「…滝川君、えっちなのは、その、部活中ですから」


「あらら、これは恥ずかしいわね。卓丸君が悪い子だわ」


 ダブルス練習をしている凛さんと風香さんだ。


「う…マジでスミマセン。特に羽月、嫌な思いさせて悪かった。わざとじゃないけど、そんなの関係ないからな。俺にできることなら何でもするよ」


 自分なりに誠心誠意謝ったが、羽月はどう思うだろう。顔を上げると、ポカンとした表情の羽月がいて頬をポリポリかいている。


「んー、別にそこまで謝ってほしいとかないじゃん。他の男子も見てくるしじゃん。でも、うん。何でもするなら今日みたいにウチと練習する時間を毎日つくってほしいじゃん」


「羽月と練習?そんなことでいいのか?」


 あまりにシンプルな要求に裏があるのでは、といぶかしんでしまう。疑問符を浮かべていると羽月は不満そうだ。


「そんなことを今までしてこなかったのは何処の誰じゃん?今までのぶん、キッチリ相手してもらうじゃん。そういう訳だから、みちるっち。マルマルはちょいちょい借りるじゃん」


「うーん、まあ、分かったです」


 みちるは煮え切らない態度ながらも了承した。何故みちるの許可が必要なのか理解に苦しむ。


「お二人はダブルスの練習はかどってますか?みちるが練習相手で問題ないですか?」


 やっと話が一段落したので、話の矛先を先輩に向けた。


「かなり良い練習相手になっているわよ。なんて、私が言うのもおこがましいくらいにみちるちゃんは強いわ」


「…そうですよ。…次々に課題が見つかります」


「卓丸先輩の保護者みたいなスタンスはイラッとするです」


 約1名は触れないでおこう。

 現在、凛さんと風香さんから卓球台を挟んでみちるがいる2対1の構図で打っている。卓球に限らず人数が多い方が有利に見えがちだが、実は互いに呼吸を合わせなければならない難しさがある。こと卓球に限って言えば、大した広さもないコートは1人でプレーする方が余程気楽である。ダブルス対シングルスの形になれば、有利なのは間違いなくシングルス。よってダブルスの練習をしたければ、相手までダブルスをする必要はほとんどないのだ。俺と部長のダブルスも1人の選手に相手をしてもらって練習をしていたところだ。


「…自分達の反省は当然生かしていきますが、奈鬼羅さんが気付いたところがあれば是非聞きたいです」


「そうね。遠慮せずにみちるちゃんからの意見も言ってほしいわ」


「ん…本当にいいです?」


 みちるは心配そうに2人に聞き返した。先輩方は頷く。これは…。みちるは入学初日、風香さんに無遠慮な物言いをしたことを、後悔はぜずとも反省はしていた。普通なら不仲に発展してもおかしくない物言いを、物腰柔らかく風香さんが納得したから今の関係がある。この一件でみちるは風香さんになついている。また、風香さんもみちるには良くしてくれている。卓球の強さの話ではなく、2人の関係性においては風香さんの誠実さによって成り立っているのかもしれない。ただ、同じように無遠慮な発言をして受け入れてもらえるとは限らない。それなりに仲も深まっただけにアドバイスを提言するのはリスクが生じる。何より、1年生が3年生に物申すのだ。怖いに決まっている。みちるが俺に身体を寄せて小声で聞いてくる。


「タッ君…、いいのかな…」


 弱々しい声。不安が見え隠れする瞳。俺にできることは…。


「大丈夫だ。凛さんも風香さんも受け入れてくれるよ。それはみちるがよく知ってるだろ。他でもない2人がみちるのアドバイスを求めてくれたんだ。2人を信じろ」


 背中を押すことくらいだ。みちるは安堵の表情を覗かせ、コクリと頷く。


「うん。さんきゅ」


 そう囁いて、凛さんと風香さんに向き直る。


「では、僭越ながらアドバイスさせていただくです」


 みちるが動く――。

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