第11話 ラスボス、ジュースを買う

 部活動が終わった後、家が近所の俺とみちるは同じ帰路につく。夕方の若干、肌寒い空気が火照った体に丁度良い。卓球は屋内スポーツなので、練習終わりに外に出た瞬間は、解放的な気分になれる。


「みちる、ちょっとこっち来て」


「オッケー、タッ君」


 既に学園外にいるので、呼び方と口調はいつも通りに戻っている。うん、やっぱり、こっちのが落ち着く。


「スポドリでいいか?」


「奢ってくれるの?やったぜい♪炭酸がいいから、これにするー」


 道端の自販機でジュースを奢ることにした。初日の部活で、試合まですると思っていなかったので、水筒1本だけを持ってきていたみちるの喉はカラカラだろう。


「まあ、今日くらいは奢るよ。初日に部活お疲れさん。あとは、凛さんに勝ったのもな。100円ちょっとのお祝いで悪いけども」


 言いながら、500円玉を投入する。


「いやいや、感謝感激。タッ君には頭が上がらないよ」


 みちるはエナジードリンクのボタンを押した。ガタン、と粗雑な音を出しながら、ご注文の品、出現。同時にデジタル表示の数字が動き出す。数字が揃ったら、もう1本貰えるヤツだ。


「今日のあたしなら、もう1本来る気がするね」


「そんな上手くいくもんかね」


 ピピピ。音が鳴り止んで数字も止まる。結果は、リーチすらかからないハズレだった。


「あはは。全然ダメだー。ネクストバッター、タッ君!あたしの敵を取ってくれ」


「買う気は無かったんだが。えー、どうしよ」


「早く早く、時間切れでお金戻ってきちゃうよ」


 別に戻ってきても、入れ直せばいいだけなんだけどね。


「じゃあ、これ」


 みちるの持っていたエナジードリンクが美味しそうに見えたので、同じものを購入した。ガタン!ピピピ…。再び回り出すデジタルの数字。今度はリーチがかかる。


「こいこいこい!タッ君もお祈りして!」


「頼むー。きてくれー」


 一応念じてみた。すると、どうだろう。7のゾロ目が止まって点滅した。チープなメロディーと、「もう1本選んでね」という音声案内が流れた。


「「す…」」


 俺達は自然と7のゾロ目を指差す。


「すっごぉぉぉぉぉぉい!すごいよ、タッ君!」


「すっげぇぇぇぇぇぇえ!みたか?みちる!」


 自販機の前で大はしゃぎする高校生が、そこにはいた。

 いや、実際に当たるの初めてだったもので。よって、大興奮。Q.E.D.


「マジでマジなのか!え、これって、どうすればいいの?」


「落ち着くんだタッ君!ボタンを押すだけだよ!」


「ボタンを押す…」


 見ると全てのドリンクのボタンが、未だに光続けている。


「あたしもウワサで聞いただけだから!確信はないけど!」


「た、多分、合ってるんじゃないか?」


 俺の心の中にいる”冷静な俺”が「それしかねえだろ」と言っていた。だよな。


「タッ君、押さ、ないの?」


 ゼェゼェと肩で息をしながら、みちるが問いかける。


「1つ、心配があってだな。今、自販機の中に240円、俺の金が入っているから、バグで俺の金が使われたりしないよな?大丈夫だよな?」


「タッ君!それは…分からん!」


「否定しろよ!」


 そのパターンあるのか?こちとら初めてなんだよお!


「いや、大丈夫だよ。いくらなんでも」


 みちるめ、急に落ち着きやがったな。まあ、そろそろ買わないとな。ん?


「これ、制限時間とかある?…あるとしたらヤバい!」


「いやいや、タッ君。そんなこと…、あるかもしれないよ!」


「イヤー!」


 ハイテンションすぎて疲れてきた。いい加減、もう1本をゲットしよう。


「タッ君、どれにする~?」


 先程までのおふざけモードを解いて、ウキウキしながら聞いてきた。


「どれにするかな。んー、みちるにあげるよ。好きなの選んでいいぞ」


「本当に⁈ありがと!タッ君、大好き♪」


「現金な奴め」


 みちるが俺と自販機の間に割り込んでくる。もっと言うと、めり込んでくる。そして、悩みだした。


「タッ君。よく考えたら、飲みたいドリンクはもう手元にあるから…。何というか、ぶっちゃけ、どれでもいい」


「なん…だと…!」


 盲点だった。確かに飲み物など1本あれば十分。先述した通り、今の気温は少し肌寒く2本目を今飲むことはない。家の冷蔵庫に、収容されることになるだろう。酷い扱いである。


「選べないよ~。タッ君、どうしよ~」


「こうなったら…、アレをやるか」


「っ!まさか、アレをやるの⁈」


「そうだ!」


 俺とみちるの声が、示し合わせたように揃う。


「「全ボタン一気押し!」」


 何が出るか分からない禁断の秘術だ。ガチャみたいで楽しい。出た飲み物を誰が処理するかで揉めるけど、今回はみちるが飲むことが確定している。エンターテインメントと罰ゲームを兼ね備えたこの遊びを、無料でやれるのはマジお得!トマトジュースが出がち。


「タッ君は右側のボタン全部をよろしくね。あたしが左側を担当するから」


「分かった。準備が出来たら、せーので全部のボタンを押すぞ」


「了解だよ。んー。あたしの身長だと、この辺が限界だよ。タッ君、残りのボタンよろしく」


「結構、広い範囲だな。やってみるけどさ」


 全てのボタンを押すために、自販機にへばり付く高校生が、そこにはいた。


「こっちはいいぞ、みちる。合図をくれ」


「じゃあ、いくよタッ君。せーのっ」


 2人して自販機に体重をかける。そして、選ばれし飲料が出てきた。代表して、みちるが手に取る。それを見た俺たちは一緒にツッコミを入れた。


「「エナジードリンクやないかい!」」


 本日3本目のエナジードリンクを手にした俺とみちるは、笑い合いながら帰路についた。30メートルくらい歩いたところで、お釣りを忘れたことに気付いた。無事回収した。危ねぇ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る