第5話 羽月、襲来

「やーやー、お待たせじゃん。リンリン先輩、フーちゃん先輩、あと、マルマルも。…って、フーちゃん先輩が新入生をシメているじゃん?!大事件じゃん!」


 勢い良く扉を開いて入室したのは、俺と同じ2年生の女子、羽月だ。活発な印象を受ける短めのツインテールがトレードマークだ。既に赤いトレーニングウェアに着替えている。


「くっ、1番面倒臭いヤツに見られたわ」


 苦虫を噛み潰した表情を浮かべる風香さん。フラグ回収早すぎません?対照的に羽月はニヤ~と口の端を吊り上げる。


「新入生ちゃんがマジで可哀想じゃん!きっとフーちゃん先輩に理不尽な要求をされて、健気な新入生ちゃんはそれに応えようとして、泥水を啜るような苦しみを味わわされたに違いないじゃん!新入生ちゃん、もう大丈夫。ウチが来たからには守ってあげるじゃん!」


 そう言って、小柄な身体をスススーと、みちるに寄せて慰めるフリをする羽月。隣に並ぶとよく分かるが、背丈はみちるより少し小さいくらいなのに、胸部はみちるなど相手にならないほどの大きさを誇っている。身体を揺する度に2つの球体がポヨンポヨンと自己主張している。顔を上げたみちるは迫りくる胸(羽月)にギョッとしながらも状況を説明する。


「違うです。誤解です。これはあたしの方から聞きたいことがあったのです」


「それで生意気だから、シメられたってことじゃん?」


「そんなことないです。答えを出すのはこれからになるですけどその姿勢が一生懸命で愚直で風香先輩についていきたいって心から思えたからその気持ちを伝えたかったです!」


「みちるー、息継ぎをしろー。落ち着けー」


 一気にまくし立てる様子から分かったけど、少しハイになってるな。テンションを戻してもらうために背中をさすってやる。ナデナデナデ。


「はふー。ありがと、タッ君♪」


「呼び方が戻ってるぞ、オイ」


 みちるは猫のように目を細めて、脱力した表情を見せる。昔からエキサイトする癖があるので、その度に、背中をさすることで宥めてきた。今回とて例外ではない。


「新入生ちゃんの言い分は分かったじゃん。それよりも、ウ・チ・は~、新入生ちゃんとマルマルがラブラブなのが気になるじゃ~ん」


「ちっ、1番面倒臭いヤツが絡んできやがった」


「あれ?デジャヴじゃん?」


 羽月は真顔でそう言った。顎に手を添えながら。とりあえず誤解は早めに解いておかないとな。


「俺とみちる…、羽月が新入生ちゃんって言ってるコイツな。年は1つ違うけど、近所に住む幼馴染なんだよ。悪いけど、羽月が想像しているような関係じゃないぞ」


「ふーん。マルマルはそんな感じなんじゃん。じゃあ、新入生ちゃんはマルマルのことをどう見てるじゃん?」


 水を向けられたみちるは、俺に撫でられて和みモードに入っていたが、ハッと意識を取り戻して返答する。


「マルマルって卓君先輩のことですよね。えっと…急に言われると難しいですね。…あ、お兄ちゃん的な感じる感じがするです」


 うん、妥当なところだな。


「んー。今はその答えで分かったことにしておくじゃん。それじゃあ…って、自己紹介がまだだったじゃん!ウチはハネツキ ハツキっていうじゃん。ちなみに漢字で書くと、こうなるじゃん」


 みちるの目の前に学生証が突きつけられた。


    千幽谷学園  2年 羽月 羽月 (はねつき はつき)


 その学生証を見たみちるのリアクションは、1年前に俺が羽月と知り合ったときのそれと、ほぼ同じだった。「はい?」って感じ。


「え、これ、マジですか?ハツキ先輩」


「これがマジなんじゃん。トリッキーで、キュートで、エキセントリックじゃんね~♪ウチ、この名前をメッチャ気に入ってるじゃん。将来、結婚するときは、相手に婿養子に入ってもらって、このフルネームを変えないつもりじゃん。若しくは同じ名字の人!そういう訳でよろしくじゃん、みちるっち♪」


「よろしくお願いしますです!あたしもハツキ先輩のフルネーム、素敵だと思うです!」


「フフ~ン。ありがとうじゃん。みちるっちとは仲良くできそうじゃん」


「みちるも自己紹介しろー」


 雰囲気的に会話が終わりそうだったので、促してやった。


「ハッ!フルネームのインパクトが強すぎて失念していたです!えーと、改めましてハツキ先輩。あたしは奈鬼羅みちるっていいます。ちょっと待ってください。これです。こういう字です」


 先ほどのお返しとばかりに、ピカピカの学生証を羽月に見せる。遠慮がちなその様子は新社会人の名刺交換みたいだ。やったことないけど。


「みちるっちまで見せることないじゃんよ~。ウチは、変わったフルネームだから見せただけじゃん。…って名字の漢字、イカツいじゃん!奈鬼羅ってメッチャ強そうじゃん!」


 羽月はえらく興奮していた。その勢いのままに、みちると羽月はガッチリと固い握手を交わしていた。目を輝かせる羽月に対して、みちるも満更でもなさそう。

 そんなやりとりをしているうちに残りの部員もぞろぞろと集まってきた。皆一様に入学式の日から部室を訪れる1年生に興味を示していた。先に部員に知らせておきたかったが、みちるが部を見学したい(打つ気満々)と言い出したのが、15分ほど前の出来事なので、俺も面食らったものだ。


「奈鬼羅みちると申しますです!既に卓球部に入ろうと決めているので、体験入部期間前ですが、今日こうして来たです!よろしくお願いしますです!」


 部員全員が揃ったところで、改めて皆の前で自己紹介してもらった。部員の方も1人ずつ名のっていく。

 我が部は3年生は男子2人、女子4人の計6人。2年生は俺を含めて男子4人、女子4人の計8人。合わせて14人の部員数を誇っていた。3年生が引退したら、8人になってしまう。最低でも4人は新入部員を獲得したいところだ。理由としては卓球台が6台もあるので、12人より部員がいないと卓球台を持て余してしまうからだ。これは、いささかもったいないだろう。玉拾いする人員も欲しいなあ。と、目論んでいるが、それはこれからの動きだ。まずは、今日の練習を始めよう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る