第3話 2人の先輩

「あら、ほとんど準備が終わっているじゃない。凛ちゃんと卓丸君もやる気満々ね」


 現れたのは凛さんと同じく3年生の女子部員である猿渡風香さんだ。


「お疲れ様です。ちょっと紹介したいヤツがいましてですね。ウチの部に入部希望なんですよ」


 風香さんの興味をみちるに向けてやる。


「へ~。卓丸君が連れてきたのね。それじゃあ、初めまして、3年の猿渡風香よ。よろしくね」


 先に挨拶をされて慌てて背筋を伸ばすみちる。


「1年の奈鬼羅みちるです!よろしくお願いしますです!」


 元気はあるがやや固い、新人らしい挨拶となった。


「それで卓丸君はいつから新入生をナンパするような人になってしまったのかしら?」


 イタズラっぽく風香さんは訊ねてくる。まん丸の瞳が俺をジーっと見つめて離さない。額にかかる前髪は風香さん曰くこだわりのパッツンの水平線。今日も決まっておられる。腰に手を当てて、前屈みになるポーズをしているので、形の良い胸が浮き出ている。上級生だが今みたいにフレンドリーに絡んでくるので、一緒にいると楽しい人だ。


「ナンパだなんで勘弁してくださいよ~。みちるとは幼馴染でよく面倒をみてるんですよ」


「む、あたし、卓丸先輩に面倒なんてかけてないですよ」


「いやー、かけてるだろ。よく俺に絡んでくるし」


「卓丸先輩が絡んで欲しそうにこちらを見ているから、絡んであげているんです」


「そんな訳ないだろう」


「本当に仲がいいのね。幼馴染、いいじゃないの」


 ニヤニヤしながらそう言う風香さん。


「…幼馴染だったのですね。道理で仲が良い訳です」


 ネットを張り終えた凛さんが、こちらに興味を示していた。


「あ、凛ちゃん、ちょっと待っていて。今、私も着替えてくるわ。みちるちゃんも、後で打ちましょうね」


 そう言って風香さんは女子更衣室に入っていった。ちなみに俺と凛さんは、既に薄手のトレーニングウェアに着替えている。凛さんは水色のウェアがお気に入りらしい。特に部内で指定の練習着があるわけでもないので、各々調達したウェアで練習している。俺は黒いウェアを着ている。黒ってやっぱり強そうじゃん?みちるはというと学校指定のジャージを着ていた。まあ、初日からウェアとか着ていたらヤベーヤツだしな。むしろ、制服ではなくジャージなのも、かなり攻めている。初日から打ちますと言っているようなものだ。

 当然ラケットも持参してきている。我が部は、そういうやる気がある感じは大歓迎なので、凛さんや風香さんも気にした素振りはない。


「準備いいわよー」


 更衣室から風香さんが出てきた。着ているオレンジ色のウェアは、襟元に小さなボタンが2つあしらわれていて、その内の1つだけボタンを外していた。おかげで鎖骨がチラリと覗いていた。良い。


「あ、私たちはこっちで打っているから、卓丸君とみちるちゃんも好きに打ってていいよ」


「ありがとうございますです!卓丸先輩、やりましょうか!」


「おう。じゃあ俺らはこっちで打ってますね」


「…奈鬼羅さんをよろしくお願いします。卓丸君」


 風香さんと凛さんはいつもペアで打っている。仲が良いのもあるけど、実力が拮抗していて、お互いに高め合える練習相手なのだろう。1年間、同じ部で見ていて、そのように感じた。2人が試合をしてみると、点差がほとんど開かない好ゲームになることが多い。ただ、結果だけ見ると9割方、勝つのは凛さんになってしまう。個人的には、5分5分の力量に見えるのに、毎度、凛さんに勝てない風香さんが不思議だった。推察するに、俺はメンタル面の問題だと思っている。

 今、2人は試合形式で打ち合っている。その2人の雰囲気というか、うっすらと伝わってくるものがある。凛さんは競っても勝てる、と考えている。風香さんは競ったら厳しい、と考えている。その理由は、実際にそうだったからだ。今までの戦績を見れば、凛さんが勝ち続けているという紛れもない事実がある。これまでの積み重ねで出来上がった固定観念は、そう易々とは打ち破れない。今日の試合結果がどうなるかなんて分からないのに、対戦している2人は分かった気でいる。プレーヤーがそう思ってしまったら、行く末は1つだ。


 林 凛 11 - 9 猿渡 風香


 競りながらも、今日も勝ったのは凛さんだった。


「はぁ~、今日も勝てなかったわ。あと少しなのにねー」


「…危なかったです。…やっぱり猿渡さんは強いです」


 多分、2人とも本音だ。だからこそ、傍から見える2人の卓球は気持ち悪い。

 卓球はメンタルが大きく関わるスポーツだ。他のスポーツも当然大切だが、卓球は特に。相手との距離が近いから、感情がダイレクトに伝わってしまう。実際のところ、卓球台を挟んで相手のことがよく見えるから、小さな変化にも気づけてしまう。精神的にのってきて攻撃中心の卓球をしたり、逆に怯えて体の縮こまった動きをしてみたり、これら全てが、相対している選手には瞬時に見えてしまう。

 2人に差があるのは、このメンタル面に起因すると思われる。スコアを見れば2,3点差なのに勝負の結果がこうも偏ると、メンタル面の見えない壁があると考えるのが道理だ。

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