第5話

 ▽


「実咲、いらっしゃい」


 笑顔で家に招き入れてくれる将継を見て、こんなにいい人に勝手な文句を言うケントにさらに腹が立ってくる。


「うう〜」

「ど、どうした? なんかボロボロやな」


 将継は不思議そうな顔をして、ケントと取っ組みあったせいで汚れた服をはたいてくれる。


「私ホントに才能ある?」

「ん?」

「ハイパーペーパークラフトの……」


 思えば脳トレみたいなテストを受けただけ。

 それで才能があるなんて言い切れない。

 ケントの言うように、ただおだてられて喜んでただけ?

 なんだか急に自信をなくしてしまった。


 将継はそんな私を見て、黙って私の右手を取った。


「実咲、家でハサミの練習したやろ」

「え……なんで分かるの?」

「手にハサミの跡がついとる。頑張ったんやね。俺の見込んだとおりや。才能も大事やけど、ハイパーペーパークラフトは頑張れるやつが強くなるんよ。実咲はきっと強くなるなあ」

「あ……」


 道場の鉄則その3

 強くなりたいなら努力しろ!


 ぱっと目が覚めた。

 柔道だけじゃない。ハイパーペーパークラフトだって、才能だけでは強くはなれない。

 泣きごとを言うには早すぎる。私はまだ基本しか教わってないんだから!


「センセー! 今日もよろしくお願いします!」

「おん、本番は明日やしなあ。みっちりしごいたる!」


 ▼


 今日実咲に教えるのは、紙を切った後の組み立ての工程。

 でも実はあまり教える必要はないと思っとる。

 なぜなら実咲は物体を立体的に捉える能力に優れているから。

 完成図を頭の中で描ける人は、組み立てる時に悩むことが少ない。


「じゃあもう切ってあるこの紙を、この写真のとおりに組み立ててみて」

「わあ、紙ランタンだ! かわいいね」


 実咲に渡したのは、俺がすでに切っておいた紙と、その作品の完成形であるランタンの写真。

 普通だったら手が止まるはずや。

 紙は正方形の所々に穴が開いているだけ。

 昨日のように線を引いたり折り目をつけたりしていない。

 そんな完全にノーヒントの状態で、写真のとおりにランタンの形に組み上げるのは、初心者にはかなり難しい。


 でも実咲なら。

 そう思ってわざと難しい問題にした。

 その結果。


「できたー!」


 やっぱり!

 組み上げにも迷いがない。

 写真を見た瞬間から手が動いていた。

 つまり実咲は、考える前から答えが分かっている。

 立体展開図を一瞬で頭の中で描けるんや!


「天才か!?」

「もうおだてられても調子に乗らないもんねー。さ、次!」


 ホンキのホンキで褒めとるのにどうも伝わらん。

 実咲は結局次の問題もあっという間にクリアしてしまった。


「組み立ては問題ないな。次は実際にお題に沿った作品づくりをしよう」

「よし! とうとう実践パートだね!」


 そう、今までやったのはハイパーペーパークラフトの基礎。

 それらを全部合わせないと真のハイパーペーパークラフトとは言えない。


 お題が出されてから

 頭の中でつくりたい物体を考えて

 その展開図を考えて

 その展開図どおりにハサミを入れて

 組み立てる。


 この流れを制限時間内で行う。時間は短ければ短いほどいい。

 制限時間は5分。俺はストップウォッチを握って実咲の目を見る。


「準備ええか?」

「うん!」

「お題は……『ネコ』! よーいスタート!」


 実咲はお題を聞いて考えるそぶりもなく、一瞬でハサミを入れ始める。

 多分、ネコと聞いた瞬間に、もう実咲の頭の中ではもうネコの作品が完成しとるんや。

 そのイメージどおりにハサミを入れるだけだから、ハサミを入れるまでが圧倒的に速い。


 普通はもうちょっと考えてからハサミに入るんやで。

 でも、考える必要がないのならそれは強みでしかない。

 俺は黙って実咲を見守る。

 完成が近づくほどに、俺は目を疑った。


 これは……どういうことなんや。


「できたー!」


 実咲は手に完成した作品を乗せて、俺に差し出してくる。

 俺は呆然とその物体を見つめ、はっとしてストップウォッチを止める。


「……あ、完成したら机に置くんや。そうしたら審査員がストップウォッチを止めてくれるから」

「りょーかいです! どうどう? 私の初作品!」


 どうと言われても……。


 俺は頭を抱えて目の前の作品に向き合う。

 とにかく完成までが速かった。

 ハサミの動きがやや遅いのはこれから練習するとして、圧倒的な立体把握能力により作成時間が短い。

 そこはどえらい加点をされるはず。


 しかし、問題は他にあった。


「実咲……これって……ネコやんな?」

「え? もちろんネコだよ! 寝ころんでるネコ! けっこー上手くない?」

「み、耳はどこ?」

「ここに決まってるでしょ」


 なんというか……実咲の作品は俺の理解を超えていた。

 よく言えば個性的。

 悪く言えば……なにか分からん!

 というかどうすればこんなネコが生み出せるんや!?

 クラクラする頭を押さえて実咲に白い紙を手渡す。


「実咲、ちょっと平面でも確認したいから、これにネコの絵描いてみてくれん?」

「ええ〜?」


 実咲は渋々といった様子で紙にネコを描き始める。


「できたー」


 そう言って実咲が見せてきた紙には

 本物のネコがいたら泣いて逃げるレベルの

 それはとてもとても前衛的なネコが寝そべっていた……。


 俺は理解した。

 天は二物を与えず。

 実咲は天才的な立体把握能力を得るために

 美術的センスを犠牲にしてしまったんやー……。


「ねえねえどうなの? 私的には、初めてにしては上手いと思うんだけど!」

「そ、そうやね……」


 あかん……そんなに自信ありげに言われたらなんも言えん。

 確かにデザインが独特なこと以外、初心者としては完璧や。

 それに、世の中には常人には理解できん芸術もあるし、実咲の作品もこれはこれで味があるんやとは思う。


 けど、こういう作品はどう点数評価されるんやろう。

 どう考えても実咲にしかつくれん、唯一無二の作品や。もしマネしろと言われても俺にはできん(いい意味でな)。

 それに、思えばこんな作品は大会で見たことがない。

 もちろん俺に当たる前に負けとるのかもしれんけど。

 でも実咲の場合、時間の加点を考えるとそうそう負けんはずや。


 もしもこの作品が審査員に高く評価されたら?

 そのオリジナリティーで加点されたら?

 それはそれで……。


「面白いと思う」

「それって褒めてる?」

「当たり前や」


 俺は全国大会で絵馬くんに勝てなかった。それは、俺に足りないものがあったから。

 実咲はその足りないものを持っているような気がする。マネはできんけど……。


「ただ、学年集会でつくる作品は俺に決めさせてや」

「ネコじゃだめなの?」

「あかん」


 この作品を見せたらみんな色んな意味で驚くやんな……。

 とりあえず明日つくるのは無難な『コスモス』にする。

 切り方と組み立て方を教えると、実咲はちゃんと教えたとおりにコスモスをつくれた。

 デザインを自分で考えなければ大丈夫なんやな……。


「じゃあ明日はこのコスモスをみんなの前でつくればいいんだね!」

「そう。シンプルやし、もし途中で間違えても最終的に花っぽくできればいいから気を楽にな」

「よっしゃー! もっと練習しようっと」


 そう言って実咲は紙を切り始める。

 しばらくするとどうしてか難しい表情を浮かべた。


「んーやっぱりなんか違う」

「なにが?」

「ハサミの感触がね、昨日と違うなと思って。家でやってた時もそうだったんだけど」


 言われて実咲の手元を確認する。

 実咲が今使っとるのは実咲が家から持ってきた普通の工作用ハサミ。

 俺はそれを見て原因がすぐに分かった。


「ハサミのメンテナンスが必要やな。昨日貸したハサミは紙切り用にメンテしとるんよ」

「ああっそうだったんだ! どうりで切れ味が全然違うと思ったよ」

「今からやとメンテする時間ないし、明日は俺のハサミ使い」


 俺は革のカバーに入れたハサミを実咲に渡す。

 実咲は一瞬キョトンとしてから、ゆっくりとそれを受け取った。


「いいの?」

「おん!」

「将継……! ありがとう。絶対絶対成功させるね!」


 実咲はニカッと笑って、俺の――じいちゃんから受け継いだハサミを大事そうに抱えている。


 立体感覚がよくて努力家な実咲だったら絶対に上手くいく。

 俺は自分の判断を信じとる。

 きっと明日は成功する。


 なにかとんでもなく予想外のことでも起こらない限りは。

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