運命の学年集会

第6話

 ▽

 

 月曜日――学年集会当日。


 ついにみんなの前でパフォーマンスする日がきた。

 決戦の時は給食が終わった後。

 6年生はすぐに視聴覚室に集まって、年間スケジュールの話とか、校長先生の長〜い話を聞く。

 そして最後にハイパーペーパークラフトを披露する。という流れだ。


 朝は緊張でなにも食べられなかった。

 目の前の給食ものどを通らない。

 体がカチンコチンで、本当にちゃんと指が動くか不安になってくる。


「実咲さま〜。顔色が優れませんわ。食欲もないようですし……保健室に行きます?」

「い、いや。大丈夫だよ! ちょっとお腹が……トイレ!」


 まつりちゃんたちクラスメイトは私がパフォーマンスをすることを知らないから、ただの体調不良に見えているみたい。

「番長が給食中にう○こ行ったぞー」なんてヤジは全力で無視して、私はトイレに駆け込んだ。


 緊張で心臓が飛び出そう!

 将継やえまぴは大会で毎回こんな思いをしてるの?

 それともこんなに緊張するのは私だけ!?

 トイレで鏡を見ながらひたすらイメトレをする。

 大丈夫、昨日もあんなに練習したんだから。

 大丈夫……。


「うわー! やっぱりムリだよーー!」


 手洗い場でうずくまって叫ぶと、トイレの外から「実咲、実咲」と私を呼ぶ声が聞こえてくる。

 涙目になってトイレから出ると、そこには心配そうな顔をした将継が立っていた。


「大丈夫? 腹痛いんか?」

「将継〜どうしよう。緊張して体が震えるよ〜!」

「たくさん練習したんやから大丈夫やよ。自信持ち!」


 そう言われても心臓のドキドキは止まらないし、お腹がすいてなんだか目まで回ってきた。

 将継はそんな私の背中を支えるようにして尋ねてくる。


「実咲、あのハサミ持っとるか?」

「え、うん」


 フラフラになりながらパーカーのポケットに入れていたハサミを取り出す。

 将継に貸してもらった、年季の入ったハサミだ。

 将継はにっこりと笑って言う。


「それな、実は成功のお守りでもあるんよ。じいちゃんのハサミやから古いけど、切れ味バッチリやし」

「えっこれおじいさんのハサミだったの!?」


 確かに将継のものにしては古いと思った。

 まさかプロの紙切り師のハサミだったなんて!


「そんな大事なもの使えないよ! だって、おじいさんも使うんでしょ?」


 慌てて返そうとする私に、将継は残念そうに首を振った。


「ええんよ。じいちゃんはもう……」


 そこまで聞いて私ははっと口を押さえた。


「ご、ごめん」

「なんで謝るんや? それ使えば絶対に本番で成功するんや。どんと構えて本番かましたったらええ!」


 パシッと背中を叩かれる。


 将継……そんなに大切なハサミを私に預けてくれるんだ。

 おじいさんの――形見のハサミを。


 私は託されたハサミをぎゅっと胸に抱き、大きく頷いた。


「決めました」

「ん?」

「私、腹くくって、当たって砕けるよ! 後で慰めてね!」

「お、おん」


 ふたり並んで教室に戻って、私は急いで給食を口に詰め込んだ。

 腹が減っては戦はできぬ!


「実咲さま〜。スッキリしたようでなによりですわ。あ、ほっぺにお米が」

「もぐもぐもぐ!」


 本番まであと少し。

 テンション上げていくぞ!


 そんな私を不機嫌そうに見つめる瞳に、私はまだ気づかない。


 ▽


 ついにこの時がきてしまった。

 学年集会!

 6年生50人がひとつの部屋に集まるというこの限られたチャンスで、ハイパーペーパークラフトクラブのアピールができるかどうか。

 全ては私にかかっている。


 校長先生の長い話の間、私は必死に手をこすり合わせて指を温める。

 腹をくくったとはいえ、緊張で指先が冷える。

 柔道の試合の前は念入りにウォーミングアップをするから、緊張しても体だけは温かい。


 今日もそうすればよかった!

 給食食べながらジョギングしたりストレッチしたり――まあ、それはムリだとしても――今度からはちゃんとウォーミングアップしよう!


「おい実咲」

「あ?」


 集中してるのにいきなり話しかけられたからつい態度の悪い返事をしてしまったけど、相手がケントだったからいいとしよう。

 ケントは校長先生の話の途中だっていうのに、ニヤリと笑って私にこっそり耳打ちをする。


「校長の前で失敗したりしたら、クラブの印象悪くなるなあ?」


 ドッキーン!


 心臓が痛いくらいに跳ねた。

 ケントの意地の悪いひと言で、一気に体に震えが戻ってくる。


 この……バカケント! 後で覚えておきなさい!


 そう睨みつけたいのに、緊張のせいでどうしても涙目になってしまう。

 そんな私を見てニヤニヤしているケントに腹が立つ。

 腹が立つのに!

 極度の緊張で縮こまることしかできない。

 体育座りでぎゅーっと体を縮めていると、ケントの後ろからにゅっと手が伸びてきて、ケントを私から引き離した。


「あんまりこいつをいじめんといてや」


 それはむっとしている将継で。


 ま、将継〜! ありがとう、救世主!


 心の中で滝のような涙を流しながら、私は両手を合わせた。

 ケントはイライラしている時の顔で将継の手を振り払う。


「ちっ。覚えてろよ」


 はい?

 私の救世主に向かって

「ちっ。覚えてろよ」???

 ぷっつーんと頭の中でなにかがキレた。


 私につっかかってくるのはいつものことだからもう慣れた。

 将継相手に捨てゼリフを吐くケントへの怒りが緊張を越えたのだ。


「それはこっちのセリフじゃバカタレ!」


 バカタレ〜……

 バカタレ〜……

 バカタレ〜……


 校長先生のマイクに私の声が入って部屋中にこだました。


「番長うるさーい」

「そこ! 静かに!」

「オッホン!」


 うわーん! またやっちゃったよう。

 方々から注意を受け、私はハムスターよりも小さくなった気持ちで周囲からの視線を避ける。


 おのれケント……。

 後で○○して△▽して□□□してやるんだから~~〜!


「では次、転校生の禅くんがハイパーペーパークラフトのパフォーマンスをしてくれます! じゃあ前に出てきて」


 まずは将継の自己紹介。


「1組に転校してきた禅将継です。俺は去年ハイパーペーパークラフトの全国大会に出て、2位でした。今年も全国大会に出て今度こそ優勝するつもりです!」


 将継の力強い自己紹介に「お〜」というどよめきと拍手が起こる。私も座ったまま拍手を送る。


「ほんで、今日パフォーマンスをしたかったんやけど指をケガしてしまったんで、代わりの人にやってもらいます。ではお願いします」

「はい!」


 将継の合図で私は勢いよく立ち上がった。

 さっき大きな声を出したことと恥ずかしい思いをしたせいで、頭のてっぺんから指先までポカポカしている。


 こうなりゃもうヤケだ!


 周りは「なんで番長が立つの?」なんて笑いながら見てる。


 みんな、見ててね。

 私のホンキを!

 そして将継のおじいさん! 私に力を貸して下さい!

 そんな祈りを込めてハサミを握りしめる。


「6年1組、淡井実咲。ハイパーペーパークラフト歴2日! 超初心者だけど、禅くんに教わったので見て下さい!」


 私は右手にハサミを、左手に紙を持ち、

 大きく深呼吸した。


 ▼


「みなさん!

 ハイパーペーパークラフトって、難しいと思ってませんか?

 自分にはできないって決めつけて

 敷居が高そうなんて。

 実は私も、つい先週までそう思ってた。

 でもね。

 実際にハサミを持って、紙を切って、

 作品をつくる楽しさは

 やってみないと分からないよ!

 初心者でもできる! 勝手に距離をとらないで

 ハイパーペーパークラフト、一緒にやろう!」


 嘘やろ、実咲。

 俺はハサミを入れる実咲を見て自分の目を疑った。

 実咲、お前今、喋りながら切っとるよ。

 紙切りみたいに、お客に向かって、芸を見せとるよ。

 そんなん教えてないやん。なんで急にできるんや。

 どうして。

 実咲にじいちゃんの姿が重なるなんて。

 どうかしとるのに、目が離せん。


「はいっ。コスモスのできあがり!」


 実咲のつくった花が、実咲の手の中で開く。

 練習どおり、ちゃんとできたんや。

 俺が息を吐くのと同時に、部屋中に歓声が響き渡った。


「キャーーー! 実咲さま〜」

「番長やるじゃん!」

「意外とできるもんだな」


 拍手がわき起こる。実咲は顔を赤くして、俺を見てピースをした。


 すごいなあ実咲。

 周りを夢中にさせる力がある。

 それは俺がほしくてたまらん力なんや。

 実咲、どうしたら俺は――。


「アンコール!」


 突然上がったそのかけ声に、ざわっとその場の空気が変わる。


「え? アンコール?」


 実咲は目を白黒させて声の上がった場所を見て、途端に顔をしかめた。

 その視線を追うと、さっき実咲に絡んでいた同じクラスの、確か――藤扇がふんぞり返っていた。


「ハイパーペーパークラフトならお題を出さなきゃダメだよな! なら俺が出してやるよ。次のお題は……う○こ!」


 周りの男子達がギャハハと笑い出し、藤扇に続けて「アンコール! アンコール!」と大合唱をし始める。


「ちゃんとキレイに巻いたう○こでお願いしまーす」

「ちょっと男子サイテー!」

「6年にもなってバカじゃないの」

「こらっ静かにしなさい!」


 熱のこもった目で実咲を見ていた女子たちが、雰囲気にのまれて引いていく。

 先生達もこの場を鎮めようと必死や。


「もう終わります!」


 実咲も冷静に終わろうとしている。

 しかし、戻ろうとする実咲を藤扇がさらに煽った。


「おーいできないのか? なら初めから禅がやれよ!」


 その言葉に実咲はピタリと動きを止める。

 顔を伏せていてその表情は見えない。


 ダメや実咲。挑発に乗ったらあかんよ!


 立ったままの実咲を座るように促そうとする。

 しかし、ゆっくりと顔を上げた実咲は、ヤバいくらいに目がすわっていて。

 誰がどう見ても、プッツンしていた。


 実咲は1歩、藤扇に向かって進む。

 右手にハサミを

 左手には予備の紙を持ちながら。


「物事には常に2種類存在する」


 地獄の底から響くような、冷たい声で実咲は語り始めた。

 周りは1歩ずつ藤扇に近づく実咲に道を開けるように、自然にふたつに分かれる。


 まるで海を割るモーゼのようや。


 藤扇は真正面からブチ切れモードの実咲を見て、頰を引きつらせながら1歩下がる。


「お、おい実咲。冗談だって」


 今にも人を殺めんばかりのオーラを放つ実咲。

 とうとう、実咲の拳が藤扇に突きつけられる。


 あかん……はよ止めな。

 学年集会で暴力沙汰なんて、絶対あかん!


「バカな人間とそうでない人間。

 そして

 巻けるう○こと巻けないう○こだ!」


 実咲は藤扇に向けて突き出した拳を開く。


 そこには

 キレイに巻かれた


 紙の立体う○こがあった――……。


 その場にいた全員の目が点になる。

 俺もポカンとしてしまったけど、すぐにはっとする。


 まさか

 藤扇に近づいていったほんの数秒の間に

 予備の紙でう○こをつくったんか?


 ハサミを動かしているのにも気がつかなかったのに?

 実咲、やっぱりお前才能あるよ!


「で? 誰がなにをできないって? もう1回言ってみ……」

「ハッハッハー!」


 シーンとしていた空気を裂くように、大きな笑い声が響き渡った。


「こ、校長先生ちょっと!」

「いやよくできてるじゃあないか! ハッハッハッー!」


 わ、笑い声の主は校長先生やったんか。

 実咲も藤扇も呆然としとる。

 校長先生につられるようにみんな笑い出し、気づけば学年集会は笑いに包まれていた。


「は、ハイパーペーパークラフトクラブ! メンバー募集中です!」


 俺の声が届いたかは分からん。

 けどそれは確かに、実咲のハイパーペーパークラフトがみんなの心を射止めた瞬間やった。

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