第26話「取り調べ-①-」

 背中に痛みを感じ、瞼の奥が次第に明るくなる。


 俺はゆっくりと目を開け、上体を起こし周りを見渡した。

 そこは、かつてロゼッタが居たのと同じ空間のようで、俺のすぐ隣には修道女の姿が見受けられた。


「お目覚めになられましたか」


「——ここは医療棟ですよね。俺はどのくらい眠っていたんでしょうか?」


「あら、お目覚めになられたばかりなのにご理解が早いのですね」


 俺はそこで、これまでに何があったのかを聞いた。



 どうやら俺は巨大な獣の魔物に背中を切り裂かれ、その傷が原因で意識を失っていたようだ。満身創痍の俺がアルグリッドの転移門から現れた直後、ギルドの医務室に運ばれたがそこで処置するにはダメージが大きすぎたため、即、医療棟に運ばれたらしい。

 それから大手術が施され、俺は丸一日眠っていたらしく、それから現在に至るそうだ。


 俺は話を聞くと、おもむろに質問した。


「そう言えば、ブリトニーは大丈夫ですか? あの、俺の代わりに攻撃をもろに食らって——」


 それに対して修道女は、とても不思議そうな表情を示した。


「その『ブリトニー』と言うお方はどちら様でしょうか?」


「——え? ……いや、居たでしょう。俺と一緒に転移してきた10歳くらいの女の子が」


 俺は強く聞き返した。

 しかし、修道女の反応は——


「……いえ、クロム様のみしか承っておりませんが」



★ ☆



 嘘——だろ————



「いけませんクロム様——ッ! まだ安静にしていただかなくては——ッ!」


「——はなせッ! そんな余裕ないんだよッ!」



 激情にかられ、俺は歩を進めていた。

 不思議なことに体に痛みは感じない。今はそれよりもブリトニーのことで頭がいっぱいだった。


 修道女御一行はすれ違いざまに俺を引き留めようとしたが、俺はそのすべてを振り払って進み続けていた。



 真っ白な服のまま、街をただひたすらに進む。

 すれ違う街の人々も、みな不思議そうな顔をして口々に噂話を吐いているのが分かる。


 俺はただ、街の入り口——正門を目指した。

 その先の森へ出るために。


 冷静に考えたら、一切装備を整えないままあの森に突っ込もうなんて無謀でしかなかったが、その時の俺はそれくらいそれどころではなかったということだ。



 そして、その調子で入口に到着したわけだが——俺にとっては予想外の人物がその行方を阻んだ。



「療養中の新米冒険者ルーキーが脱走とは……たいした度胸じゃないか」


「————ッ!」



 入り口前、門番たちに引き留められるかと思いきや、突如俺の背後から知っている声が聞こえた。その声は、俺にとってはあまり良い印象ではない、試験の説明を受けた時に聞いた男の声だ。


 振り返ると、そこにはやはりあの顔があった。

 ベクトール。この男はあまり好きではない。


 試験の説明で直接ぶつかり、それ以降は一切の接点を見せなかったこいつが、なぜ今俺の行方を阻むのだろうか。


 彼は俺の腕をつかんで離さない。


「なぜあんたが引き留めるんだよ!」


「こちらにも多少事情というものがあるのだ。取り敢えずおまえには一度本部まで同行してもらう」


「俺は今それどころじゃ——ッ!」


「おまえの意思など関係ない」


 抗う俺を一切難とせず、奴はそのまま俺を引きずって行った。これは同行じゃなくて連行だろ……。




 そして、街の人々の冷たい視線を一向に浴びながら、俺はギルド本部のとある一室に放り込まれた。


         ————バサッ!!!!


「——痛ってぇッ!」


「少しは静かにしろ」


「なんだよ! 一応こっちはケガ人なんだぞ! こんな手荒に扱うなよなっ!」


「——ったく、声を荒げるな。それにケガ人と言いながら脱走したのは誰だ?」


「…………」


 図星をつかれ反論ができない。

 それに相変わらず力が強いためここから逃げるのは難しそうだ。

 俺は取り敢えずソファに腰を掛けた。


「——取り敢えず、服装を整えろ」


 そう言うベクトールの発言を受けて、俺は地震の恰好を再確認した。そうだ、俺白衣のまんまじゃん。

 でも服は今医療棟に——


「冒険の書を開け、そこに入っている」


 焦りを見透かされたと言うのか?

 まあいい。取り敢えず『出でよ』と冒険の書を呼び出し、そこから装備を取り出して服装を整えようとした。だが、それよりも先に「ログインボーナス」のページが開かれる。


 ——ったく、間の悪い……。


※ ※ ※


「魔晶石」を手に入れた——


※ ※ ※


 さて、と。身なりも整ったことだが、これからどうしたことか。

 ——仕方がない。ここは冷静に話を進めてさっさと終わらせてしまおう。


「俺に何の用だ? 病室から逃げ出したから捕まえに来た——って訳じゃなさそうだよな」


「察しが良くて助かる」


 ベクトールは正面のソファに座り、手を組みながらそれを口元に当ててこちらを睨みつけていた。その表情はどことなく固く、そして以前よりも険しく見えた。


「おまえも知ってはいるとは思うが、

 現在霧の森にはワーウルフの群れが大量発生している。

 まず聞くが、おまえを襲った魔物はワーウルフで間違いないな?」


 ああ、確かにその通りだ。


「——そうです」


 ベクトールは目を閉じ、小さく頷いて再び口を開く。


「おまえが例の緊急依頼を受けたことはこちらでも承知している。そしてその緊急依頼がワーウルフに関するものだということも————ただ、それにしては妙なのだ。

ある人物・・・・の証言と、おまえの背中の傷跡から、とても一般的なワーウルフによってつけられたものとは思えない。また、同依頼を受けたCランク冒険者とも連絡が途絶えている——」


 Cランク冒険者——

 もしかしてあの時の死体か——?


「——つまり何が言いたいんだ?」


「当事者であるおまえに問う。おまえは本当にワーウルフに襲われたのか?」


 本当にワーウルフに襲われたのか——

 俺を襲ったあいつ。見上げることもかなわなかったが、俺は確かにその影をとらえた。あれはそうだ、俺の記憶の奥に眠る——


「ワーウルフ——ただ、一般的な大きさとは比べ物にならないほどの超巨大なオオカミの化け物——」


 ベクトールは再び下を向き考えはじめ、そして突然話を切り替えた。


「10年ほど前のこと。アルグリッド辺境の小さな村に突如として巨大なオオカミの化け物が出現した。やつは村の人々を次々に襲い、冒険者たち——中には若かりし日の黄金の勇者の姿もあったが、彼らが駆け付けた時にはもうすでに被害の後——」


「————ッ!」


「しかし奇跡的なことに、被害者は多かったものの死者は数名程度で収まった——」


「…………」


「その村の名はファールス——おまえの出身の村だ」


 ああそうだよ。

 俺のトラウマ、妹が消えた原因。

 なぜ今になってそれを掘り返すんだ——


「おまえにこれを聞くことは不謹慎かもしれないが、ファールス村を襲った魔物と、今回おまえを襲った魔物……何か思い当たる節はないか——?」


「…………」


 俺は口を開くのをためらった。

 思い出したくなかったから。


 だが——、


「——感覚的な話かもしれない……でもおそらく——いや、間違いなくやつはあの時と同じ魔物だった」


 ベクトールはその発言を聞くと「決まりだな」と一言こぼし、顔色を変えたかと思いきや冒険の書を速攻開いた。


「こちらは環境管理官のベクトールだ。アルガリア全冒険者に告ぐ——霧の森にてワーウルフ——『獣王個体オリジン』発生ッ! そのため直ちに霧の森を封鎖するッ! 近隣にいる冒険者たちはその他一般人を救護しながら直ちにその場を離れることッ! ——以上ッ!」


 恐ろしい剣幕で、大声で怒鳴りつけるかのように言い放つベクトール。落ち着いていられる余裕はないらしく、そのまますぐにその場を立ち去ろうと立ち上がった。


「情報提供感謝する。聞いての通り森は封鎖したから、森を通る全てのルートは使えなくなったということだ。つまり、この街から外へ出ることは実質不可能——私も冒険者に成りたての頃は一つでも多く依頼クエストをこなそうと躍起になっていた。おまえも冒険者に成りたてで逸る気持ちはわかるが、自分の体にはしっかり気を配れ。今日は医療棟に戻ってとっとと寝ていろ」


 そして、何かを思い出したかのように、ベクトールが再び口を開く。


「それと、さっき言っていたある人物・・・・って言うのは例の緊急クエストを配布した行商人のことだ」


 急に何の話だ——? と言うより、行商人から話を聞いたということは、行商人は無事なのか?


 ベクトールは無表情で続けた。


「しかしおまえも冒険者に成りたてなのに不運なやつだ。その行商人は『魔引札まいんさつ』の密売人で、おまえの衣服のポケットにはその魔引札が入っていた——つまりやつはおまえを囮にしてここへ逃げ帰ってきたと言うことだ」


 ————は?


 魔引札ってのは魔物を引き寄せる札のことだ。主に罠や錬金素材として使われるが、その特性上、取引を行うには相当な条件が課せられる。

 実際、大量の魔引札を秘密裏に運搬し、大量の魔物を呼び起こしてしまい生態系をめちゃくちゃにしてしまった大事件なんかも過去に起きているし——。


 ——いや、そうじゃないだろ。

 つまり、俺たちが助けようとした行商人によって俺たちは危険にさらされたってことだろ? 俺は体に大けがを——いや、それよりブリトニーが森に取り残されてしまっている現状を生み出した原因ってことだ。


 ダメだ、怒りが抑えられない。



 「すべてが片付いたらまた呼び出すかもしれない」と言う言葉を添えて、ベクトールはその場を後にしようと扉のそばまで歩き始めた。しかし、その手前で何かを思い出したかのようにして止まり、振り返って口を開いた。


「あぁそれと、言い忘れていたが——」











「冒険者試験——合格おめでとう」



 彼は初めて笑顔を見せた。



※ ※ ※


【ベクトール】


 冒険者ギルドの本部に所属するAランク冒険者。

 アルガリア大陸の環境管理官と言う地位に就いており、生態系や自然災害の対策などをメインに活動している。


※ ※ ※


獣王個体オリジン


 その種の原点にして頂点に立つとされる個体。

 一般的な個体よりも体が大きく、戦闘力も高いとされる。

 また、獣王個体オリジンを殲滅したとしても、新たな獣王個体オリジンが発生する原因にもなってしまうため、主な対処法としては「封印」が好ましいとされた。そして、その「封印」を行えるのは「正教会出身の聖職者ヒーラー」のみとされている。

 かつて発生したワーウルフの獣王個体オリジンである「狼王」は、幼き日の「黄金の勇者」(なお現在ではSランク冒険者の一角)とその一行によって抑えられ、封印された。


★ ★



「……待てよ」


 その場を後にしようとするベクトールを、俺は低い声で呼び止めた。ベクトールは振り向いて「なんだ?」と問う。

 やつのさっきの発言。こいつは何か勘違いしているのではないだろうか。

俺が焦っている本当の理由は——


「——霧の森……森にまだ、俺の仲間が取り残されているかもしれないんだ」


 ベクトールの表情は固まった。

 そして、


「——なんだと?」


 彼は再び聞き返してきた。


「確か貴様、話を聞いたところ転移門から現れたらしいが、魔物に襲われた際、転移で逃げ帰ったということだよな?」


「ああ、そうです」


 ベクトールは顎に手を当てた。


「その時に唱えた呪文、今ここで言ってみてはくれないか? ——ああ、もちろん冒険の書は持たずに」


「……わかりました」


 俺は一呼吸して、


「『転移:アルグリッド』」


 そう唱えると、ベクトールはやっぱりかと言わんばかりの表情を見せて頭を抱えた。


「……その呪文では、転移するのはおまえのみ・・になってしまうのだ」


 なん……だと——?


「——え?」


新米冒険者ルーキーにありがちなミスとして、冒険の書による移動の際に範囲指定を忘れるってことがある。パーティを組んでいた場合、『転移』の前にまず『パーティ』と付けなければパーティメンバー全員で移動することはできないのだ。そう、冒険の書の所有者のみが移動することになる。——今みたいにな」


 おい、そんなこと聞いた覚え——


「受付で冒険の書を受け取った際、必ずこの説明もあったはずだが、何せあの説明は長いから聞き逃す者も多い。そのせいでこのような事態がたびたび起こるのだ」


 やばい、思い当たる節しかない。

 確かに長すぎたから聞き逃していた——かも……。

 まて、じゃあどうすればいいんだ?


「——それじゃあ、やっぱり俺も今から森に……」


「その必要はない。冒険の書の使い方の一つとして、パーティメンバーをこちらへ呼び出すことが可能なのだ」


「————?」


 そこでベクトールはゆっくりと説明を始めた。


※ ※ ※


『操作方法:範囲指定』を覚えた——

『操作方法:召喚』を覚えた——


※ ※ ※


「……と言うわけで、冒険の書を手に持ちながら『召喚:〇〇』と唱えれば、パーティメンバーをこの場に呼び出すことができる。——これも初めの説明で聞かされているはずだが……」


 俺はベクトールの言葉を遮って、速攻試した。


「『出でよ:召喚:ブリトニー』——!!」




……………



………






 しかし、何かが起こる気配はなかった。


 冒険の書からは「エラー、エラー。パーティメンバーガソンザイシマセン」と言う謎のメッセージが耳に刺さる。

 それを聞いたベクトールが、「名前が間違っているのでは?」と問い返してきて、冒険の書から「パーティ」のページを開けと指示した。ベクトールの話では自分とパーティメンバーの名前およびアイコンが表示されているようだが……



——しかし、そのページを開いてみたが、そこには俺の名前しか存在しなかった。

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