第18話18

明人が、止めるか否か悩む内に、恒輝と佐々木の乱取りが始まってしまう。


(西島君!西島君!)


明人は、そう心の中で呼びながら胸の鼓動を早め、座ったまま、まるで自分が闘っているかのように額に汗をかき始めた


正式な試合では、体重などにより級分けがあり、体格の差がある者同士の乱取りは無い。


しかし、今回はあくまで長身の佐々木が低身長の恒輝を指導するという体なので

、2人の体格差は無視している。


それに、佐々木の意図など知らない体育教師は、特に何事もないように、「始め!」と号令を掛けた。


恒輝が、勉強とスポーツで何かを考え始めると変に焦って頭が回らなくなるのは

、5歳からだ。


当時の勉強の家庭教師の男が、恒輝が答えを出すのを急かした。


そして、間違えれば、恒輝と兄とを比較し、他にも暴言を吐いたり恒輝の座る椅子や机を何度も蹴ってきた。


その男は、恒輝の両親のお気に入り。


だから、どんなに恒輝が両親に訴えた所で両親は、男の厳しい指導は正しいと取り合ってはくれなかった。


いつまでも、そんな子供の頃の事を言い訳にしたく無い…


恒輝は、早くそんなトラウマを捨て去りたかった。


そして長年藻搔いたが、そうすればそうする程…


底無しの沼に深く沈んでいくようで…


幼い頃のトラウマはそう簡単には消えてはくれない。


恒輝と佐々木は、互いに礼をして、互いに間合いを測り出す。


そして、先に手を出したのは、恒輝だった。


恒輝は上半身を折り、佐々木と組む格好で佐々木の道着の袖を取ろうとした。


だが、佐々木も同じ姿勢で、それを巧妙に避ける。


何度か恒輝がそれを繰り返すが、今度は

、反対に佐々木が恒輝の袖を取ろうとしてきた。


一瞬…恒輝の中に…


(ここで、佐々木にあっさりやられた方がいいんじゃねえか?)


と言う考えが浮かんだ。


見るも無惨に思い切りダサく佐々木に投げ飛ばされてやって、佐々木に花を持たす。


彩峰の、佐々木への評価が上がり、恒輝には少なからず失望するだろう。


(彩峰の横には、佐々木のような男が合うのだ…)


(第一、俺はフェロモン出てねぇのに、彩峰に俺が運命の番だって分かる訳ねぇだろうが…)


(俺に早く失望してくれ!彩峰!)


恒輝は、上手く投げ飛ばされる覚悟を決めた。


しかし、最後にチラッと横目で明人を見た。


明人は、ずっと、恒輝だけを一途に見詰めていた。


その瞳が余りにキレイで…


そしてほんの秒、たったそれだけ見ただけでも…


恒輝には、明人がどれだけ恒輝を心配しているのが分かってしまった。



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