第11話、立花拳墜1

◆◇◆4月11日 放課後

学校の帰路。商店街にて見覚えのある人を見かけた。

「(立花……?)」

 立花拳墜メリケンサック。彼女は道の端でガラの悪そうな男らと歩いていた。否、正確には咎めていた、というべきだろう。

「あなた方! 道端で煙草を吸うなんて恥ずかしく無いの!? 路上喫煙は――」

「へいへい、つーか俺ら学ねーから何言いたいのわかんねーよ」

 ガラの悪い男はヘラヘラとしながら立花の後ろを着いている。

「とりあえず基地で話しましょうなー、」

「ムキ―――!!」

「(猿かな?)」

「猿かな?」

 僕は額を軽く押さえつつも、その場を離れようとする――――刹那に。

「(――――敵意不快……?)」

 男たちの感情が脳裏に浮かんだ。

 僕は数秒ほど顎に手を添える。

「(少しだけ……後をつけてみよう)」


 二分後。薄汚い路地裏、差し込む夕日が宙に舞う埃を視覚化させる。

「(見失った、バナナ……)」

 入り組んだ路地、その一角で僕は立ち往生する。このような路地は慣れない人間には迷宮染みた難易度で襲い掛かる。

「――――ひぎぃ……っ」

 恐怖青紫の嗚咽。僕は二つ先を路地を右に曲がった。

「っ!」

 瞬間、近くにあったドラムの陰に身を隠す。

「(空き地……いや、たまり場、かな)」

 周囲を見渡す。どうやら小さな空き地のようだ。四方はビルの壁、太陽の光は年中引き籠りをキメこんでいるような地形。電灯はあるものの何年も放置されているのか光は弱く途切れ途切れだ。

「だーかーらー、らーめっ♡」

「……ッ……っぁ゛」

 ゴリッ♡ 何か、硬いものが柔らかいものに減り込む音が聞こえる。ドラム缶の陰からチラリと見る。

「(……うわぁ……由緒正しき腹パンの歴史)」

 これもまた歴史の一ページに刻まれてるであろう瞬間を目にした僕は、嫌な予感が的中したことに溜息を吐く。

「(さて……どうやって助けたモノか……)」

 過去にいざこざがあった仲ではあるが助けないという判断は一同級生として下し難いものだろう。

「(状況は……怖いお兄さんが3人、全員が立花さんに注目してる。まずはこの注目をずらすのが第一工程かな……)」

 着実に、確実に作戦を組み立てていく。

「(警察を呼んだ方が確実かなぁ……携帯があれば、の話だけど)」

 秋津雲雀、15歳。一人暮らしで携帯を持っていません。さてどうしようかと僕は頭を抱える。

「(暴力は無理、注目を解除が条件、立花さんはギリギリ行動可能。うーん、ここは叫びながら表通りまで全力疾走が妥当な案かな)」

 作戦を組み立て終え、僕は顔を上げる――――怖いお兄さんがいた。

「……」

「……」

「…………てへっ」

 ――――鉄パイプでぶん殴られた。何故だ。

「なあ、この子が覗いてたんだが……どうする?」

「あん? ――――うわ! なんだその美少女、レベル高っ」

 意識が朦朧とする。状況の把握が上手く出来ない。

「なあ、そのひんぬー捨ててこの子犯さね?」

 ああ、ダメ。ダメ、だ。意識、が…………。

◆◇◆

 私は犯罪者が、嫌いだ。憎んでいるといってもいい。殺したいほど、殺したいほど憎んでいる。特に人殺しは殺意を抱くほど嫌いだ。

 メリケンサックで顔面がぐちゃぐちゃになるほど殴ってもまだ気が晴れない、それぐらいには嫌いなんだ。

『はなちゃーん! あーそーぼ!』

『! めいちゃんだ! 遊びに行ってきまーす! めいちゃーん!』

 私には幼い頃、幼馴染の女の子がいた。名前はメイちゃん、漢字も苗字も、もう覚えていないけど……呼び名だけはずっと、ずっと覚えてる。

『あ! 空き缶、よいしょ』

 毎日毎日、飽きもせず単純な遊びばかりしてた。散歩しながらしりとりだったり、影ふみしながら泥だらけになるまで遊んだ。

『めいちゃん、てて、汚れちゃうよ?』

『平気だもーん! だって汚れたら洗えばいいもん! それに……ほら!』

 可愛くて、ずっとそばにいたメイちゃん。

『あ! あいきゅあのハンカチ! いーな~』

『ふふん! これで私は汚れてもだいじょぶなの! それにね、空き缶を私が捨てたら道が綺麗になるでしょ? それでみんなが嬉しくて空き缶をしっかり捨てるの! それでね、みんな嬉しくなるんだよ!』

 笑顔で、子供理論を、自信満々に、笑顔で教えてくれたメイちゃん。

 ああ、懐かしいな。懐かしい。だから――――

『――――』

 どうして、メイちゃんが殺されちゃったんだろう。

 ある建物の地下室で、黒光り虫のおうちに・・・・・・・・なってたメイちゃん・・・・・・・・・

 ガムテープを口に付けられ、傷口から黄色い汁が滴って……ゴキブリの卵が植え付けられてた。

『……ぉぇ、っ、げぇぇぇえっ、あ、ぁぁぁっ、ぁぁぁぁあぅ、……っ!? おうぇええぇっ、う゛ぇっ』

 後から知った話によると、メイちゃんの死因は餓死だったらしい。

 身体に切り傷をつけられて、そこにハチミツを塗られて、地下室で、縛られて、黒い虫を放たれて、一週間、死ぬまで、ずっと、そこに、いたらしい。

 その光景を見た私はニ年間、精神病院に入院した。

『はなちゃん……はなちゃん…っ』

『っ――――! ゆ……ゆめ……?』

 退院しても、メイちゃんはずっと、ずっと傍にいた。

『はな、ちゃん、……こわ、いよ゛ぐる゛じぃ゛、よ゛』

『ぁ……ぁぁっ……めい、ちゃん……やだ、いかない、で……ぅ、ぅぁ、ぁぁぁぁぁ……っ!』

 毎晩、夢でメイちゃんと会う。それが幻想なのも、私のストレスが生み出したものなのも分かってる。だけど、あの時、あの瞬間に苦しみ続けてたメイちゃんは本物で……だから……


「ぎゃあああああああああああ!!」

 ――――犯罪者の身内に、助けられるのがこれ以上ないほど、憎くて堪らない。

 秋津雲雀。十五歳ぐらいの女の子にしか見えない男。彼は私を殴った男の手を足で壊す・・

 蹴るとか、暴力は、そんな次元じゃなく根元からぐちゃぐちゃにするような怪力。男の手はもう治療不可能なレベルまで粉砕していた。

「ひ、ひいいいいい!! 化物だあああああああ!!」

「ひどいなーもう。謝ってくれたらしっかり治すよー」

 男の涙でぐしゃぐしゃになった頭を地面に叩き付けて上に乗る。それを見て他の男は地面にひれ伏し土下座をしだした。

「すみません、すみませんでした!! いやだごめんなさい、もうしません反省しました許して許して許して……」

「うん、いいよっ♪」

「へっ……?」

 次の瞬間、男の手が治った。いいや、そもそもそんな傷なんて存在しなかったのではないか? そうとしか思えないレベルで呆気なく手を欠落が再生していた。

 なんだこれは。何か悪い夢でも見ているのだろうか。秋津がまるで物語の怪物の如き力を発揮して、自由自在に傷すら消滅させる。

 馬鹿げている、異常すぎる、まともじゃない、狂っている。秋津雲雀は異常者だ。

「理解できない……なんなの……」

 その呟きを漏らした結果は必然か――――秋津雲雀が私を見た。

「ひ……っ!」

 ――怖い――

「(怖い、怖い怖い怖い怖い怖い。異常、狂気、頭可笑しい、理解できない、化け物)」

 ――チョロロロロロ――

 小さく、響く音。どこからか、そんな水音が聞こえた。正確には私の股から。

「ぁっ……ぁ、ぅ……ぅぅ……っ」

 その正体を自覚した途端。恥ずかしさが身体一杯に広がる。顔を逸らして手で覆うように顔を隠す。

「…………ふむぅ」

 秋津が間の抜けるような声で考えてごとをしている。

「みな…ぃで……」

 声に出せたかどうかも分からない呟き。こんな惨めな私に返ってきたのは。

 ――チョロロロロロ――

「……ぇ」

 頭に、何かが掛かっている……? 生暖かい水のような何かを感じた。

「これで恥ずかしくないねっ♪」

 顔を上げると満面の笑みを浮かべた秋津。グットサインは清々しいほど自信に満ちていた。

 秋津は膝を付き、私の肩にポンと手を乗せる。秋津雲雀が取るとは思えない行動。

「ションベン臭い娘からションベンの塊に進化だねぇっ。個性的な香水だねぇ、それはそうと臭いんで近寄んないでもろていいすか?」

 この本当にあの秋津雲雀なのだろうか。私の知ってる秋津雲雀は少なくともこんなことをする奴ではなかった。私の頭に頭痛とそんな疑問が浮かんで刹那に。

「ごぉぉら゛ァ゛ッ! なーにやっとるかあああああああああああ!!」

「ぶへほっ!?」

 秋津が突然現れた冬空先生にジャーマンスープレックスを決められた。

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