第10話、子式部内侍はメスガキ

◆◇◆4月10日

 イジメは良くない。何処かで聞いたことがある言葉だ。しかしどういうわけかイジメの改善を取り組もうという姿勢が異常なほどに陳腐であることが多い。昨今の大人たちはどうやら頭蓋骨にカタツムリを飼育してるようだ。いやぁ幸せそうで羨ましい限りだ。

「と、いうわけでここは――」

「十訓抄の子式部内侍は二次美少女化したら絶対メスガキだわ」

「おお君軸、覚え方が独特だな」

「(あれ……?)」

 二時間目、古典。窓外にある桜の枝に、一羽の小鳥がとまっていた。

「うーし、体育の授業はみんな大好き冬空先生が担当しまーす。奇数と偶数に分かれろー」

「先生よりバレーボールの方がまだエロい」

「先生!! 君軸くんのお尻の穴にバレーボールがッ!! あああああああああああ!!」

「(うん……?)」

 三時間目、体育。特に浮くことも無く過ごした。換気で開いた扉から流れる風はべたつく汗へ触れ、一種の快感を誘う。

 四時間目、五時間目、六時間目、そして放課後。

「おかしい……? 特に嫌がらせが無い……? 明らかに異常だ」

「あの授業風景で一切ツッコミしないお前も異常だと思うぞ」

 背後から女の声。聞き覚えのある声だ。

「まあ菊池校長の方針の影響だろうな」

 背後にいたのは冬空先生、モヤシを一つまみほど奪われる。

「うわっ、冬空先生……あ、なんだ。冬空先生ですか」

「この世に私は二人存在した……?」

 僕はモヤシを箸で掴み、口へ手を添えて向ける――――冬空先生の口元へ。

「せめて箸で食べてください、はいあーん」

「へ……? あっ、んむ……」

 冬空先生の口へ突っ込む。モヤシの罪はモヤシで贖わなければ意味が無いという真理からでた行動だ。

 箸を取って再びモヤシを進める。冬空先生の頬がリンゴのように赤く染まったように思えたが気のせいだろう、その年で未通女おぼこでもあるまい。

「関節……きしゅ……」

「それで菊池校長が出した方針とはどういう意味ですか? 詳細提示を求めます」

「ぇ……? あ、あぁっ! 方針の話な、うん」

 冬空先生はコホンと咳ばらいをし、教卓の前に立つ。教室にいるのは僕と冬空先生の二人だけ、その状況が少しだけ可笑しくて思わず笑みを零す。

「方針と言っても色々あるが、具体的な例だと……これがその一つだな」

 二人のみの特別授業に。窓外から聞こえる部活の声は何処か現実感を覚えさせない。

 冬空先生は教卓の上にゲーム機を置く。ニンキョウド-3DSだ。いや、ここ学校。

「先生、ここ学校ですよ」

「うるせえ。この学校じゃ休み時間に限りゲームokなんだよ。校則見直せ」

「そんなわけ……うわ、本当に書いてある……」

「暇なんで今から特別授業する。感謝して鼻水垂れ流していいぞ」

「うわーい。嬉しいな。じゃあ、放課後なのでそろそろ……」

「おう待てこら」

 僕は軽く溜息を吐いてからノートとシャーペンを取り出す。とりあえず短パンニーソ帝国と書いた。

「まず今回の議題は「(議題……?)」何故秋津がイジメられないのか、だ。というわけでイジメ、に着眼点を置くぞ」

「オブラートに包む気が一切感じられないの凄い」

 そこが如何にも冬空先生らしい。

「んじゃ前提情報。イジメの本質っつーのは異端分子の排除だ。この遊びたい人、指止まれ~でいっつもルールを守らない奴はわざと掴みにくくさせるアレと本質は同じだ」

「ジェネレーションギャップ」

「遠回しに先生は年増って言ってる?」

 僕はノートの空白に短パンニーソ帝国と書いた。

「じゃ問題だ。校長、菊池正道が取った方針とはなんだと思う?」

「えええ……」

 冬空先生の問題。唐突過ぎる。

「――個々の距離を離すこと、とかですか?」

「ほう……?」

 冬空先生は目を丸くする。

「詳しく言ってみ?」

 教室の窓から、風が入り込む。先生の面白そうなものを見る視線が痛いぐらいに感じる。

「……? はい、イジメの本質とは異端分子の排除……異端とはその世界や時代で正統とする思考から外れた存在……つまり、イジメとは大きかれ小さかれ、必ず『集団』であることが前提条件になる」

 頬を撫でる感触に少しだけこそばゆさを覚える。顔を上げれば冬空先生が興味深そうな目をしている。少しだけ不思議だ。

「その上でこの学校はゲームの持ち込みが許可されている――集団でなくとも過ごせる環境を作れるように、調整されている……先生?」

「ん? おお、正解だ……いや、正直驚いた。まさか正解を引き当てるとはな。ヒントの二三個は用意してたが……」

 冬空先生は口に手を添えて、そう告げる。僕はノートに短パンニーソ帝国と書いた。

「……まあ! 私なら二秒で答えをだしたけどな!!」

「子供相手に張り合いださんでください……」

 その後、調子が良くなった冬空先生にすこ屋へ連れていかれて牛丼を食べました。美味しい。


「では先生、また明日」

「おう、またな」

 空が暗くなり始めた頃、雲雀はアパートの前にいた。花子が送ったのだ。

 雲雀は丁寧に頭を下げ、背を向ける。花子は雲雀の小さな、小さな背中を眺める。その瞳は何処か、寂しげなもので。

「特に嫌がらせが無い……ね」

 そんな呟きが、ふいに漏れた。それは放課後に雲雀が一人で呟いた言。花子はその時のことを思い出しながら車の後ろ座席に置いてある紙袋・・に目を向けた。

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